第2話 PLACE・has・NO NAME(Ⅲ)
突き付けられた指をそっと払いのけたルキフ・ロフォだったが、氷のような眼差しを変える事は無く、しかし、その口元は僅かに口角を上げていた。その立ち居振る舞いは、彼の不気味さや傲慢さを増幅させているようにも見えた。
「まったく……いや、だからこそ人間という生物への興味が尽きないのか。過去を遡ってみても、フェイを通して我の意思を伝え続けてきたが、個体差があるのか一握りの人間にしか伝わらぬ。しかも、その一握りに絶対的な力を持たせたとて何も変わらぬような愚かな生物だ。しかし、そんな辟易する生物の中にも我に期待を抱かせるような固体が生まれてくるのだから面白い」
この人は危険だ。いや、神を名乗る組織を束ねているのだからこその言葉か。
人を人とは思わない。それはこれまでの言動を見れば分かる。
僕達は彼らによって生み出された実験体、そして、彼らが創りだした世界で繁殖を繰り返すモルモット、彼らに飼われる家畜────ならば、僕らが生きる意味とは何だ?
「お前達はマジョリティこそが正義だと唱え、マイノリティは淘汰されるべき悪だと言う。何度繰り返しても同じ事を言う。何度繰り返せば解るのだ? 何度同じ過ちを繰り返せば気が済むのだ? 我の言葉を何故理解出来ぬのだ?」
彼の言い分も解らなくはない。確かに過去の歴史を振り返ってみても、人類は愚かな歴史を繰り返してきたのかもしれない。だが、人類はその歴史から確実に何かを学んでいる。
そうでなければ僕達人類の歴史がここまで続いているはずが無い。僕達が今を生きている事が何よりの証明だ。
「アンタはさぁ……」
両手を腰に当て、ため息交じりにレイアさんは言葉を続ける。
「自分が一番正しいって本気で思ってんの? 本当に正しい人間ってのはね、自分の非を素直に求める事が出来る人間なの。あ、アンタはドラゴン族だっけか。まぁ、この際どっちだっていいけど」
「ならばお前は自分が正しいと思っているのか?」
「ええ、そうよ。アタシは自分が正しいと思った事だけをしているつもりだし、そんな自分を信じているわ。アタシの事が間違ってるって思うんならそれで構わないわ。だって、それがアンタにとっての正義なんでしょ? いいじゃない、自分が正しいと思った事をすれば。それが間違ってるかどうかなんて後から分かるモンだし、間違いに気付いてからやり直したって遅くはないわよ」
ルキフ・ロフォの表情が強張る。
「やはりいつの世も人間と言う生き物は愚かなものだな……」
「それは違う!」
後方の通路から聞こえてきた聞き覚えのあるその声に振り返ると、そこには少年の姿のパイと少女の姿のレビさんが立ち居並び、さらにその後方にはシンさんの姿もあった。
メモリチップをある人から受け取ったあと、リックさんの依頼という形でケイさんやベルカさん達とコンタクトを取っていたというシンさんは、最後の決着をつけるための切り札としてパイとレビさんを連れてきたのだ。
普段の小さなドラゴンの姿ではないパイは、まだあどけなさの残る少年の顔には似つかわしくない険しい目をしていた。
「お前のような奴が兄だと思うと腹が立ってしょうがない。人もドラゴンもその命の重さに変わりは無い」
見た目は子供だが、パイは150年以上生きている立派な大人なのだ。少なくとも僕以上には。
パイの発した一言に誰よりも深く頷き賛同したのがレイアさんとクリスさんだった。
「ルキフ……アンタとパイちゃんの違い、分かる?」
「違いだと?」
「そ。パイちゃんにはミリューやジェフ、そしてアイン様が側にいたってワケ。そして、ワタシ達もね。でも、アンタの側には誰がいたのかしら?」
「それがどうだという? 我は支配する者、群れるは支配される者の愚行。我は神、尊崇されて然るべき存在に並び立つ者などそうそうおらぬわ」
ルキフ・ロフォの視線はパイとレビさんへと向けられる。しかし、機先を制したミリューさんとジェフさんが二人を背後に下げ前に立つ。
「人間風情に庇われるドラゴン族など恥さらしにも程がある。お前達も愚かな種族になり果てたものだな」
「いつまでそうやって人を見下せば気が済むのですか。貴方は私達を導く光となるべき御方であったはず。なのに何故……?」
「示した未来を歩もうともしなかった者が吐く言葉とは思えぬが……?」
「それは……」
毅然とした態度で臨んだレビさんだったが、ドラゴン族の長に反抗する事にまだ僅かな躊躇いを見せているようでもあり、怯えているようにも見えた。
ミリューさんがそっと肩を支えていなければその場に倒れこんでしまってもおかしくはないのだろう、その額にはじんわりと汗が滲みだしていた。それは僕も同じだし、先程から、どうすればこの場をやり過ごす事が出来るか、それだけを考えていた。そんな僕の心情を見透かしていたパイがルキフ・ロフォへと相対する。
「こんな事はもうやめよう。おねーさん達みたいに強い人もいれば、アストみたいなへなちょこもいる。だから、人間には無限の可能性が広がっているんだ。お前のような奴に導かれてはいけないし、お前の示す未来もいらないんだ。お前は神なんかじゃない!」
「ならばお前が導くとでも言うのか?」
「オイラはただ……見守るだけだ」
目を潤ませ、今にもパイに抱きつかんとする勢いで駆け出そうとしていたレイアさんとクリスさんだったが、シンさんがすんでの所で襟首を掴んで留まらせていた。
「気持ちは分かるけどまだ早いよ。まだ最後のキャストが到着していない」
そう言って懐から銃を取り出したシンさんは、そのまま上空へ向けて引鉄を引いた。それは一発の信号弾だった。
「合図は送った。これで依頼は完了だけど、本当にこれで良かったのかい?」
リックさんがシンさんに依頼した仕事が何なのか、それはすぐに分かった。
上空から物凄い勢いで降りてくる一機のSTと、それに追随する三機のST。豪快に降り立った黄金の輝きを放つSTのハッチが開ききる間もなく飛び出してきた彼女は、ルキフ・ロフォめがけて一本槍に駆け出して行った。
「ルゥゥゥキィィィフゥゥゥッ!」
ブラスター・ガンを素早くホルダーから取り出したベルカさんは躊躇う事無くルキフ・ロフォへと撃ち放っていった。
だが、しかし。
上空より舞い降りてきたベールとアッシュが彼を庇うように立ちふさがり、ベルカさんを憎々しげに睨みつけていた。
「ルキフ様、ご無事でありましょうか?」
「ベール、アッシュ、手間をかけさせた」
「勿体無きお言葉。私もベールもルキフ様に捧げた命、いついかなる時でも差し出す所存です」
焼け焦げた背中から青白い煙が立ち上る様が痛々しく思えるが、それ以上に彼らの忠誠の深さが常軌を逸しているように見えた。二人に邪魔をされた格好であるベルカさんは、それでもなお怯むことなく仁王立ちで睨み返す。
「面白ぇ……だったら先にテメェらから始末してやるぜ? どの道、アタシから全てを奪ったテメェらを生かしておくつもりもねぇんだから……なぁ!」
言い終わらぬうちに二丁に構えたブラスター・ガンを撃ち放つが、ベールとアッシュに決定的なダメージを与えるには至らず、逆に反撃の機会を与えてしまっていた。
態勢を立て直す間もなく二の矢、三の矢を放つベールとアッシュの猛攻に防戦一方だったベルカさんだったが、そこにアルヴィさん達が救出に入り、間一髪で危機を脱した。
「お頭ァ、大丈夫ですかィ?」
「ウチらの事、もっと信用してくれんと困りますわぁ」
「余計なマネしやがって……」
そう呟きながらも、その口元からは微かな笑みがこぼれていた。




