第1話 Loose・YOURSELF・MYSELF(Ⅴ)
この世界は並べて謎に満ちている。そして、それと同じくらいに希望にも満ち溢れている。人が夢を見る上では、良くも悪くもバランスは取れている、と言えるかもしれない。
何不自由なく、そして不自由だらけのこの世界にアタシは大いに満足している。融通の利かない世の中で、アタシは自由気侭に自分がやりたい事をしたい。アタシにとってそれは、まだ見ぬ未知を知り、伝え、後世にまで残す事……それが、アタシが目指すジャーナリズムだ。
この世界で起こっている様々な事件を報道する事がジャーナリストの本分なのだろうけど、そんなのは他の人に任せておけばいい。アタシはアタシ。アタシにしか出来ない事をする。それが……
「レイア・ルシールの生き様ってモンをアンタに見せつけてやるわ!」
躊躇う事無くトーラス・レイジングブルの引鉄を引いたその時だった。
「今度の俺様の守護者はとんでもねぇ奴だな」
突然の声に辺りを見回しても声の主らしき姿は見当たらず、背後にはお役所の面々が立ち居並び、アタシの隣には間抜け面をさらしたクリスがいるだけだった。なんだか分からないけれど、とりあえずクリスの両頬を引っ張ってみる。
「いひゃい、いひゃいっ! らにふんのお!」
「あ、やっぱり夢じゃないのね」
「夢って、ひょっとしてさっきの声の事?」
「俺達にも聞こえていたが、誰の声なんだ?」
涙目で両頬をさするクリスの後を継いでポールが確認をとるが、誰一人として名乗り出る者はいなかった。
「え? みんなにも聞こえていたの?」
フェイ……なわけはない。現にヤツはこちらに向けて風の刃の雨あられを飛ばしてくるのだからたまったものではない。リックとブライアンのSTが盾となってくれなければこんなに悠長な事も言っていられない所だ。
それよりも、そもそもこんなところでいつまでもグズグズなんてしていられないのだ。アタシ達は一刻も早く至聖宮へと辿り着かなければならない。もう一度トーラス・レイジングブルの照準をフェイに向け引鉄を引く。
「だからそんなに慌てんじゃねぇっての。少しは俺様の話を聞け」
またあの声だ。
「ちょっと、さっきから誰なワケ? どっから話しかけてるか知らないけど、姿ぐらい現しなさいよね? でないとまたこのアホ女にワタシのプリティフェイスを汚されちゃうじゃない!」
「誰がアホ女よ! このバカメス豚!」
「メス豚とは何よ! せめてメス犬にしてよね!」
「バカは認めるのかよ……って、お嬢さんがた、ソイツを見てみろ、なんか光ってるぞ」
「「ふえ?」」
ポールが指し示した先はアタシの手……つまりトーラス・レイジングブルだった。
「話の流れで理解しろってんだよ。俺様がトーラス・レイジングブル。ま、気軽に『ブルさん』って呼んでくれて構わねぇぜ」
なるほど確かに、声が聞こえてくるときにトーラス・レイジングブルはライトブルーに明滅している。しかも、想像を絶するほどにフランク、いや、むしろ馴れ馴れしいくらいだ。とは言え、アストの神器の声はアストにしか聞こえなかったにも関わらず、コイツの声は全員に届く理由に疑問は残る。
「トーラ……いえ、ブルさん……は、神器って事でいいのかしら?」
「おう。俺様が何で普通に喋れるかってなァ、ま、前の俺様の持ち主が色々と弄ってくれたからなンだがな」
「前の持ち主って……もしかしてDOOMの事?」
「どぅーむ? 誰だそりゃ?」
この神器は確かにDOOMが所持していたものだ。だが、当の神器が自身の所持者を知らないというのはおかしいのではないだろうか。
「DOOMじゃないっていうんなら誰がアンタの前の守護者なのよ?」
「もっとお淑やかな女が俺様の好みなんだが、ま、俺様の守護者になるんならそれくれェじゃねぇとな。それはともかく、俺様の前の守護者は百年くらい前だったが、名前は『ミスター』って言ったか」
「ミスター!?」
アタシ達が知っているミスターの事ではない────そもそも偽名だし────と思うが、それでもその名前には反応してしまう。
我らがロイス・ジャーナルのお得意様であり、有力な情報提供者でもあり、正体不明の謎のエージェントでもあるミスター。正直なところ、アタシはミスターの正体を探ってみたいという欲求に駆られる事もしばしばである。
クリスも神器の守護者であったミスターとアタシ達が知るミスターが同一人物であるとは考えにくいようで、その事が余計に思考を交錯させている。
「え、ちょっと待って。それってワタシ達の知るミスターとは違うミスターの事よね? そのミスターはどうして神器の守護者に選ばれたワケ?」
「選ばれたも何も、ミスターが俺様達『神器』を創ったんだからなぁ」
ミスターとは一体何者なのだ。アタシ達が知るミスターがその名を名乗っているからには、おそらくこの神器の創造主たるミスターの事を知っているのだろう。全くの偶然という可能性も捨て切れないが、あれだけの情報網を持つミスターが知らないとは考えにくい。
「まぁ、俺様の歴代の守護者は全員ミスターと名乗っていたけどな」
疑惑は確信へと変わる。
職業柄なのかアタシの性格なのかは分からないけど、何事も疑って掛かってしまう。あらゆる角度から物事を図り、考察を重ね、そして何気ない一言から解決への糸口をつかむ。
アタシの前の神器の守護者は、アタシ達が知るミスターだ。そもそも、アタシ達に永久心臓の調査を依頼したのは他ならぬミスターだった。今回の件も、どこかでミスターが関与しているに違いない。
じっくりと考察を練りたいところだが、状況はそれを許さない。リックとブライアンにも疲弊の色が見え始め、応急処置を施したばかりのエミリーが加勢に加わるものの、フェイの圧倒的な力の前に防戦一方であり、進退窮まった状態である。
「そろそろ諦めたらどうかな? 僕を殺す事なんて君達には出来ないんだよ。ミスターの事が知りたいんだろうけど、君達がミスターに辿り着く事は永遠に無いよ」
じりじりと一歩ずつ間合いを詰めながらも、その手に光を宿し不敵な笑みを浮かべるフェイに対し、アタシ達の進退は今度こそ窮まったのかもしれない。無尽蔵とも思えるフェイの力は未だ尽きる事無く、その両手は翡翠の如く鮮やかに光り輝いている。
「解ったろう? 僕こそがこの世界の支配者なん……」
「ちょっとソレを借りるわよン」
「え?」
何者かがアタシの手からブルさんを奪い取る。そして次の瞬間、銃声が鳴り響き、声にならない声が聞こえた。
フェイのその言葉を最後まで聞く事は無かった。寸前まで饒舌に語っていた口の端から赤い血の筋が地面へと流れ落ちる。やがてそれは堰を切るようにとめどなく溢れだし、数秒と持たず文字通り辺りは血の海と化していった。
「アナタ、少し喋り過ぎよン。コピーとはいえ、オリジナルの遺志を継いでいるのなら、引き際くらいわきまえなさいな」
銃口の先に息を吹きかけ、崩れ落ちていくフェイを一瞥するボナンザ・ピカレスクは、アタシにブルさんを渡し、ゲートを召喚する。
「ピカちゃん……アナタ一体……?」
「はい、これで面倒くさい事は片付いたでしょ? アナタ達は早くあの坊や達の所へ行くのよ」
アタシの問いに答えるつもりは無いのだろう、ピカちゃんは自らが発現させたゲートの扉が開くなりアタシとクリスを放り込む。
「後でアチシ達も合流するからねン」
「ちょっと待って! うぇ? マジで?」
「マジマジよン」
「合流したらちゃんと訳を話して貰うわよぉぉぉ!」
「……まで……てた……ね……」
ピカちゃんの声を上手く聞き取れないまま、アタシ達はゲートの渦へと飲まれていった。




