第1話 Loose・YOURSELF・MYSELF(Ⅳ)
リックは艦へと下がり、この場にいるのはアタシとクリスとフェイの三人の『人間』だけとなった。
そうよ。
アタシは神も仏もあるもんかで今まで生きてきたの。今更、神に媚を売るつもりもない。ましてや、こんな神の名を語るサイコ野郎に屈して言い筈が無い。
「取材は中止。アンタから得るものなんて何にも無いわ。こんな下らないネタは記事にもならないし、読者の興味を引くとも思えない。やっぱりアンタは虚構のハリボテ同然の神モドキね」
唾棄すべき存在、外連味に塗れた戯言で装飾された言葉には最早聞く耳を持てない。
「君もあの女と同じ事を言うんだね」
怒りに打ち震えているのか、フェイは声のトーンを落とす。
────そうか。
今になってようやくベルカの行動の意味が解った。
彼女もアタシと同じ結論に達したのだ。
「あの女だけは許さない……誰のおかげで今も生きていられると思っているんだ!」
「どういう事?」
「あの時この僕がいなければ、あの女は死んでいた。ベルカ・テウタにはJ・D・Uの切り札として動いてもらうためにアビスを与えたというのに、それをあの女は簡単に裏切ってくれた! この僕を!」
八つ当たり同然に光球を辺りに撒き散らしながらも、その悪意や憎悪をこちらに向けてくる。迷惑もここまで来ると嫌がらせだ。
ベルカはアビスを得た、と言う事は彼女は永遠の命を得たという事になる。しかし、それを彼女は良しとしなかった。何故なら、それは人としての矜持を失う事になるからだ。
そう言えばここに来た当初にアストがアタシとベルカが似ていると言っていたが────あの時はマジふざけんなと思ったけど────今ならそれも理解する事が出来る。
彼女とアタシは似ている。
「アタシがベルカと似ているからアタシに敵意を向けているの?」
「僕を見透かすんじゃないよ!」
やばっ、火に油を注いだかしら。まぁ、とっくに憎悪の炎は灯っていたのだから今更感はあるか。それなら────
「神様でも見透かされる事があるのね。万物の創造主ならそれくらい想定しときなさいな。それが出来ないようなら……軽々しく神なんて名乗るんじゃないわよっ!」
こっちのエンジンにも炎を灯してやろうじゃないの。
「クリスッ! ひとつ頼まれてくれる?」
伊達に付き合いが長い訳ではない。クリスはこちらの意図を既に汲み取ってくれていた。
「このレコーダーを編集長の端末に転送すればいいのね?」
ここまでのやり取りは全て録音していた。コイツがあればJ・D・Uの暗部を暴く事が出来る。
「さすが話が早い。やっぱりアンタは最高の相棒よ」
「アンタの相棒はアストっちでしょ」
然もありなん。
ふとアストの顔を思い浮かべた自分に少し苦笑いしつつ、アタシは目の前の『敵』と対峙する覚悟を決めた。それに呼応するように、リックとブライアンのSTがアタシの横に立ち並び、後方ではポールとルミも居並ぶ。普段はいけすかないポールでも今は心強く感じる。
「待たせてしまって申し訳ない」
「レディを待たせるなんてまだまだね」
「面目ない。しかし、ここからは我々に任せて、レディはレディらしく……」
「ノー・サンキューよ。アタシはレディとしてここに立っているんじゃない。ジャーナリストとしてここに立っているの」
「さっき、レディって自分から言ったんじゃないかい?」
ポールのツッコミは敢えてスルーしとこう。
これで形勢逆転……とまではいかないだろうが、五分にまでは持っていけただろう。顔を見合わせて互いの覚悟を確認したアタシとクリスはフェイを睨みつける。
「アタシ達はアンタ達のような存在を認めない。アンタ達がこの世界を創ったという話が真実だとしても、アタシは絶対にアンタ達を否定する!」
「つくづく君達は失敗作だね。いや、僕が失敗しただけかな。ふーむ……最初からやり直すのも面倒だけど、こうも失敗が続くようではプランの変更もやむを得ないかな」
眉尻一つ動かすでも無いフェイのその余裕は相変わらず腹立たしかったが、今となってはそれもどうでもいい。
「アンタ達の都合なんて聞いちゃいないわ。アタシ達は人間としての人生を他の誰かに好き勝手にいじくり回されたくないの。自分の人生くらい自分で決めるわ」
「何度も同じ事を言わせないで貰いたいね。君達は……」
「アンタに生かされてるって言いたいんでしょ? こっちとしても何度も同じ事を言わせたくないし、言いたくもないの。アタシ達の人生はアタシ達のモンなの! 人間にここまで言わせてる時点でアンタは神として失格の烙印を押されてるって事に気付きなさい!」
ありったけの思いを乗せた言葉をフェイに向けて叫んだ瞬間、アタシの手には一丁の銃が握られていた。どこから現れたのかは分からないが、この銃には見覚えがある。
「それって、DOOMの神器……?」
トーラス・レイジングブル……僅かに形状は違っているように見えるが、確かにこれはクリスが言うようにDOOMの神器に違いない。しかし何故、今このタイミングで現れたのだろう。
「それはDOOMの神器かい? それが君の手にあるという事は、君も神器に選ばれてしまったのか。あの小僧といい君といい、本当に特異点という存在は厄介だね」
小僧というのはアストの事だろう。
特異点と言う存在が未だに理解できていない。なんらかの恩恵を受けるという事でもなさそうだし、特権を得るという事でもなさそうだ。しかし、アタシのこの手に握られている神器が、アタシが特異点だから手にする事が出来たのならば、今は特異点である事に感謝するわ。
「特異点が神器の守護者になったら何か都合が悪いのかしら、神サマ?」
「……いや、守護者程度ならまだ許容範囲内だよ。ただ、支配者になられてしまうと多少困るかな。例えばあの小僧やあの女とか……まぁ、今頃はルキフが始末しているだろうけどね」
「そんな事をさせるわけにはいかない。さっさとケリをつけて至聖宮へと向かわせてもらうわ!」
神器でも何でも使えるものは何でも使う。トーラスを強く握り、その銃口をフェイへと向けた。
「僕を殺すつもりかい? まぁ、そんなもので僕は死なないけど、痛いのはちょっと嫌かな。それ以前に、進化を拒んだ君が撃てるとは思えないけどね」
「なら、試してみる?」
躊躇することなく、アタシはその引鉄を引く。銃身から放たれた弾丸はフェイの頬を僅かに掠めていった。
「残念だったわね、フェイ。人間ってね、日々アップデートを繰り返してんのよ。アンタ達みたいな悪党に屈しないためにね!」
頬に滴る鮮血を指で掬い、その血の味を噛み締めたフェイは微かに口元を歪めニヤリと笑う。
「なるほど。だけどね、それこそが人間の最大の罪なのだと気付くべきだよ、レイア・ルシール! その間違った進化が民衆を扇動するアジテーターを生むんだよ!」
その言葉を言うが早く無数の光の矢を放ってくるが、二体のSTがアタシ達をガードする。心の中で感謝していると、クリスがいつの間にか受け取っていたブラスター・ガンをぶっ放しながらフェイに向かって思いのたけをぶちまけていた。
「勝手に人間を見限ってんじゃないわよ! この世界を創るのは神でも無く、アンタ達だけでも無く、ましてやワタシ達だけでも無い……この世界に生きる全ての人間がこの世界の創造主なのよ! アンタにはそれが解んないワケ!?」
「いい加減理解して欲しいなぁ。僕こそがこの世界の創造主……神なんだよ。僕はこの世界が欲しい……欲しい物を欲しいと言って何が悪い?」
呆れて物も言えなくなりそうだ。しかし、底辺での理屈は解らなくもない。
「別にそう思う事自体は悪い事じゃないわ。アタシだって欲しい物はどんな手を使ってでもゲットしたいと思うわよ。だけど、アンタのそれは子供が駄々をこねてんのと同じなの。人間は成長するにつれて色んな経験をして、色んな事を覚えていく。我慢する事、世の中のルール、モラル……アンタは子供のメンタルのまんま力だけを持っちゃった哀れなガキなのよ」
「僕を子供扱いするな!」
「アンタが誰かのために生きようとしているって事は分かったわ。でもね、他人に決められた人生なんてつまんないじゃない? アタシは誰かのために生きたいと思わないし、自分のためだけに生きてるわけじゃない。アタシはただ自分らしく生きて、自分が納得する人生を過ごして自分らしく死ぬだけよ」
「そんなのが……そんなものが幸せだって言えるのかっ!」
「ええ、幸せよ。永遠を生きてきたアンタには解らないかもしれないけど、いや、永遠を生きてきたアンタに問い質すけど、終わりのない生に意味はあった?」
「意味……?」
生まれてきた事、生きていく事には何かしらの意味がある、アタシはそう思っている。そして同時に、死ぬ事にも意味があるとも思っている。
先人が残した足跡をたどり、彼らの功績を称え、そしてそこから教訓を得て、新たな時代を紡いでいく。
「……風ってね、いつも新しい何かを運んでくるの。風習であったり、誰かの噂話であったり、流行であったり、時代であったりね。でもね、アンタが放つ風は何も運びはしないのよ」
「僕の風は世界を創る風だ! 僕が全てを創る! 僕こそが絶対的な正義なんだ! 僕さえいれば世界は正しく統治されるんだ! それが、僕が生きる意味だ!」
フェイの言い分は神を気取る傲慢さなのか、それとも人としてのただの我が儘なのかは分からないけれど、それでもアタシは永遠という物を否定する。
「永久心臓とは何なのか、今はっきりと分かったわ。アンタのその歪んだ思想が創りだした物こそが永久心臓なのね。なんだか探すだけ無駄なものだったみたい」
「無駄……だって?」
「だーって、そうじゃない? 他の人は知らないけど、少なくともアタシはそんなモンにこれっぽっちも魅力は感じないもの。こんなネタを記事にしたって、どーせまた『三流ゴシップ』って叩かれるだけなんだから」
「君には永遠の命の価値が解らないのか?」
「そんな下らないモンよりアタシは全銀河の人の度肝を抜くような記事を書きたいの! それがジャーナリストとしてのアタシの矜持! 以上!」
真実を知るという事がこんなにも馬鹿馬鹿しいと思った事は初めてだ。そして、真実を知ったからには、それすら越えて生きていくだけ。何故なら、この世界にはまだまだ沢山の『未知』が溢れており、そこに続く『道』があるから。
アタシは……アタシ達は歩いて行く。




