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iDENTITY RAISOND’ETRE 第二部 ~聖櫃の行方~   作者: 来阿頼亜
第8章 神代継承のフィロソフィー?
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第1話 Loose・YOURSELF・MYSELF(Ⅲ)

 ベルカ・テウタはまだその動きを見せているだけマシだ。動向はおろか、その意図さえ不明なミスターの方がアタシにとっては不気味な存在に思える。

 確かにミスターはアタシ達ロイス・ジャーナルとって有益な情報を提供してくれてはいる。しかし、何故ミスターが情報提供してくれるのかが分からない。しかも無償で、だ。

 渡る世間はギブ・アンド・テイク、持ちつ持たれつのウィン・ウィンな関係を築く事こそが最良の関係だと思っているアタシからすれば、ミスターの行いは聖人君主のそれに他ならなく思える。

 斜に構えた考えだという事は重々承知している。それを鑑みた上でもミスターの行動は理解に苦しむのだ。

 どうにかしてミスターとコンタクトを取りたいものだが、今の状況ではどうにもならない。エミリーがどうにかフェイを抑えてくれてはいるものの、それも時間の問題だろう。


「リックさん、このまま手をこまねいていても仕方がないわ。何か策はある?」

「神を相手に策を弄するだけ無駄かも知れんが、一応の手立ては用意してある」


 この期に及んでフェイを神呼ばわりするとは義理堅いのか何なのか。しかし、今はリックの策とやらに縋りつくより他は無い。おもむろに取り出したモバイルでブライアン達に「コード・トライアルを発動する」と告げたリックは、アタシ達を至聖所の最奥へと誘う。


「ちょ、ちょっと、これ以上先へ進んでどうするワケ? エミリーはどうするの?」

「我々が課した訓練をこなしたエミリーなら大丈夫だ。何より、彼女は我がチームのエースだからな。それに、上階に開いた外壁から私のSTを送り込むように手配した」

「貴方も加勢するって事?」

「その通りだ。私が時間を稼ぐから、貴女達は至聖宮へと向かって下さい」


 無策に近い策だ。行き当たりばったりのやっつけにも程がある。だが、今はその行き当たりばったりのやっつけ作戦に賭けるしかない。


「良策とは言い難い作戦だけど、これだけは言わせて……死なないで」

「了解した」


 ぽっかりと空いた外壁の外には、手筈通りアンドロメダ銀河役所の宇宙船が待機していた。


「課長、STの出撃準備、整ってます!」


 艦の側面から延びるタラップの先でルミが息せき叫ぶ。乱れたままの長い髪が似合う眼鏡美女って存在自体が天使よね……なんて言ってる場合じゃなくて、その様子から緊急事態である事は明白なのだからアタシも呑気しいてられない。

 しかし、階下からは背筋が凍りつくような悪意をヒシヒシと感じる。フェイが来るという事はエミリーは……と、一瞬脳裏をよぎったが、リックのモバイルから漏れ出る間抜け声に胸を撫で下ろす。


「すみませぇ~ん、課長。止められませんでしたぁ~」

「いや、よくやってくれた。それに、お前が無事ならそれでいい」


 安堵の息を漏らすには時期尚早、今度はこちらの身が危うい。


「ダメだよ、逃げちゃ。君達は僕がここで殺してあげるんだから」


 薄汚い含み笑いを聞くのはこれで何度目か。いい加減、辟易する。


「神様が人間を殺すなんて、本末転倒もいいところね。アンタがアタシ達を生み出したってんなら、さしずめアンタはアタシ達の親ってとこかしら。親なら子供の成長を見守らなきゃダメじゃない?」

「子供を躾けるのも親の務めだよ、レイア・ルシール。そんな減らず口を叩くような子に育てた覚えは無いんだけどね」

「子供はいずれ親の元を巣立つのよ。アンタが唱える理想を子供達に押し付けないでくれる?」

「僕が君達を……人類を永遠の幸福へと導いてあげると言っているじゃないか。聞き分けのない子には……お仕置きが必要だねっ!」


 光の矢を乱発しながら徐々に間を詰めてくるフェイに対し、武器を持たないアタシとクリスは逃げ隠れするしかない。頼みの綱であるリックがブラスター・ガンで反撃を試みてはいるものの、残弾に限りがあるこちらと違って向こうは無制限に撃ち込んでくる。

 勝てる気がしない。そして、生き残る自信も無い。


「勝算ゼロパー、生存確率も同じくゼロパー、艦の中に逃げ込むしか無いんじゃない?」


 クリスの言う事はもっともだし、それしか無いと思う。しかし、アタシにはまだやるべき事がある。


「ねぇ、フェイ。アンタは何故、永遠という物にそこまで固執するの? 永遠の先には何があるの? アンタが神を自称するのなら、その答えも知っているんでしょう?」


 武には言。論破出来る自信など微塵も無いが、戦う力を持たないアタシにも出来る事はある。何より……ジャーナリストであるアタシに標準装備された武器はこの弁舌立つ口だけだ。


「永遠の先? そんなのは決まっている。永遠の先にあるのは誰もが幸せになれる世界だよ」


 模範回答もいいところだ。フェイの底が知れるというものである。それはリックも感じていた事であろう。


「それは貴様の驕りだ! 我々は貴様を認めるわけにはいかない!」


 認めない────そう、アタシは、いや、アタシ達はフェイをJ・D・Uを認めるわけにはいかない。それを認めてしまったらアタシ達人間の存在意義が無くなってしまう。ま、神様にとっちゃ取るに足らない事かもしれないけど、人としての矜持は最低限持って生きていたい。

 今と言う時を生き、今と言う時を感じていたい。今があるから過去を顧みる事が出来るし、今があるから未来を夢見る事が出来る。アタシはそう信じているし、そう願って生きている。しかし、自称『神』はそう思ってはいなかった。


「永遠の命を得る事によって人間は『死』という不幸な悲しみから解放されるんだ。こんなに素晴らしい事は無いじゃないか!」

「アンタの言う永遠の命が偽物じゃなければ、の話よね。人間をホムンクルスにするなんてのは永遠の命を与えるって言わないワケ。分かる?」


 一言一句違える事無くクリスが代弁してくれた。あんな物は永遠の命ではなく、命に対する冒涜だ。しかし、この男はあくまでも神を気取る。


「どうやら君達はまだ勘違いをしているようだね。アレは命の始まり……永遠の命を持つ者は『アビス』を宿したタイプ・エヴォルだよ。僕達のようにね」

「アビス?」

「タイプ・エヴォルは絶望の始まりさ。その絶望の底へ辿り着いた者だけがアビスを宿し、永遠の命を得る」

「ちょい待ち! そのアビスって物を得るとかそれ以前の話で、アタシ達はホムンクルスになる事を拒否してんの!」

「君達に拒否権は無いよ」


 なんだか段々とコイツとの会話が苦痛に思えてきた。はっきり言って面倒くさい。


「アタシらは息を吸って吐くだけのために生まれてきたわけじゃないの。生まれてきたからにはやりたい事やって満足して、喜んで死んでやるわよ」

「拒否権は無いって言ったよ、僕は。残念ながら君達は生きてるんじゃない。生かされてるんだよ。僕達によってね」


 結論は出た。

 人間と神が相容れる事は無い。




 永遠に。

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