第1話 Loose・YOURSELF・MYSELF(Ⅱ)
リックの発言が本当なら、アタシ達はまさしく創造神を相手取っていると言う事になる。編集長には散々文句を言ってきたけど、まさか神に喧嘩を吹っかけようとはね。アタシも大層なモンになったのか、それとも単純にヤキが回っただけなのか、実は本当に厄年だったりして。
それにしても至聖所の中とはいえ、外の喧騒などまるで嘘のように随分と静まり返っているのはどうした事だろう。
「ねぇ、リックさん。外の様子はどう?」
「エミリーのSTがフェイの攻撃を防いでくれている。丁度良い……エミリーの事についてはこの場を借りて貴女達に謝罪しなければならないな」
謝罪、か。言い逃れの間違いでなければいいのだが、彼の目を見る限りでは信用に値しよう。
「まず、N・B・W・Sの存在を秘匿していた事についてはこちら側の守秘義務もあっての事だが、我々が知らぬ存ぜぬを押し通してきた事については弁明の余地もない。そして、エミリー・エンデバーの事だが……彼女については私個人の判断ミスだと責任問題を問われても仕方がない事だろうな」
そう言って視線を落としたリックを責める事は人道に反する事かもしれないが、彼女の先輩であるアタシ達にはその権利があると思いたい。
クソ生意気で可愛げの欠片もないとは言え、一度は同じ志を有したエミリーは紛れもなくアタシ達の同士なのだから。
「あのSTについてはシンから聞いたわ。アレを操るにはタイプ・エヴォルでないとダメなのよね? そして貴方はそれを知っていた。聞くところによると、ベルカ・テウタが駆るSTにも同様の技術が採用されているそうじゃない? その技術の出処はおそらくユグドラシル……ね?」
「大した推察だ、恐れ入った。さすがはロイス氏の秘蔵っ子だな」
「あのオッサンの秘蔵っ子っていうキャッチフレーズは気に入らないけどね。推察ついでだけど、そのユグドラシルという組織にベルカは籍を置いていたんじゃない?」
暫しの沈黙ののち、リックは外の様子を窺うと、やがて観念した様子で静かに口を開いた。
「これから話す事は記事にしないでくれると助かるのだが、そうもいくまいな。ユグドラシルは元々、選ばれた『十三人の血盟によって歴史と言う名の悠久の時間が紡がれてきた。そして時は経ち、現在の幹部は八人となった」
「セレクテッド・エイト、ってところかしら?」
「そして、現在ではパルティクラールとその名を変えた。幹部には貴女達のよく知る顔もあるはずだ」
ユグドラシルとパルティクラールが同じ組織だとは想像すらしていなかったが、これで絡まっていた糸が解けそうな予感がしてきた。
現在の幹部はフェイ、L・Rは当確として、あとの六人は誰だろう。リックはアタシ達が知る顔だと言うが……
「まさかミスターだったりして」
クリスがその名を口にした瞬間、リックの眉尻がぴくっと動いた。
「ミスターの正体を知っているの?」
「……彼は触れざる者だ。クリスさんの仰る通り、彼もユグドラシル、いや、パルティクラールの一員だ。そして、我々アンドロメダ銀河役所もな」
「って事はエミリーも?」
「いや、彼女は私の権限で除名させた。しかし、それでは他の者に示しがつかぬゆえ、我々五人はタイプ・エヴォルとなり、公務を超えた任務をこなす事になった」
「任務?」
「……あのSTは試験運用段階だ。アレが各惑星に実戦配備されれば国家間の戦争になる事は容易に想像できる」
「いや、そうなるとは限らないんじゃ……」
「パルティクラールはそう思ってはいない。特にフェイとL・R、そしてミスターはな。彼らは私達人類とは違い、精神転移を繰り返して百三十億年という時を生きてきた、まさしく『神』を名乗るにふさわしい存在なのだ」
考える事すらアホらしく思えてきた。
人類が生まれ育った惑星を飛び出してからどれだけの月日が経ったのか、そして、その間の科学や技術の進歩がどれほどのものだったのかを知らない者などいないだろう。科学舐めんなよ。
「つーか、なんでミスターがあの二人と同列なのよ?」
ロイス・ジャーナルへの情報提供者であるミスターが人類に絶望しているとは到底思えない。
「彼は反戦主義者だ。故にSTを含む兵器と呼ばれるもの全ての排除を模索していた。しかし、人類が彼の理想に辿り着くにはまだ時間が必要なのかもしれない。フェイとL・Rはそんな人類に早々に見切りをつけたのだろう」
勝手な理屈だ。
神だろうが何だろうが、自分勝手な理想や理屈を他人に押し付けて欲しくはない。それにアタシは神なんぞ知ったもんかのクチだ。
どこまで行ったってアタシはアタシ。アタシという人間が矜持を持ってその一生を全うする事に意義があると思う。それこそがこの時代に生きる存在意義であり、何を成したかで存在理由が問われるというものだ。
生きるという事は簡単な事ではない。だからこそ意義がある。それを無に帰すようなフェイ達の行いをアタシは全身全霊を持って否定する。
「さっきアンドロメダ銀河役所もパルティクラールの一員だって言ってたけど、それはつまり銀河役所のトップがメンバーなのね?」
「アンドロメダ銀河役所の所長────銀河民から言えば銀河長だが────名前はご存知かな?」
「あれ、そう言えばなんて言ったっけ? レイア、知ってる?」
アンドロメダ銀河役所はその銀河区域を統べるために数百万の支部が各地に存在している、いわば超巨大な総合商社みたいなものだ。その巨大企業のトップともなると末端の社員は拝顔する事も叶わないだろうし、無関係の人間なら、たとえ道ですれ違おうと気付くはずもない。
「んー……名前なんて言ったっけなー?」
確か以前に調べた事があるはずなのだが、何故か思い出す事が出来ない。何度もアクセスエラーを繰り返した事は憶えているのだが、本丸に辿り着いたっけかな?
「思いだせないのも無理はない。と言うよりも思いだす事など不可能だ。彼の経歴は、数千万人いる職員の名簿の中に紛れ込んでいるのだからな。彼だけの経歴が書かれているページは存在しない」
「はぁ? 何よそれ。じゃ、その数千万人をしらみつぶしに調べてかなきゃ分からないってワケ? そんな事してたらワタシ、皺くちゃのお婆さんになっちゃうじゃないの!」
もしくは辿り着く前に寿命を迎えるか、だ。なるほど、木を隠すには何とやら。しかし、それほどまでに隠匿するような情報なのだろうか?
「パルティクラールの幹部がJ・D・Uと繋がっているという事が世間に洩れれば、世論はおろか全銀河がアンドロメダ銀河を攻撃するだろう。それは言論的に限った事ではなく、物理的にも、だ」
「……なるほどね。でも、そんな事をジャーナリストの前で言ってしまっていいのかしら? それと、貴方達アンドロメダ銀河役所がここにいる理由も筋が通っていない。導き出される答えはアタシ達の抹殺・・・?」
その答えがノーだった事に胸を撫で下ろしつつも、一抹の不安は拭えずにいた。それは、ここで死なずに済んだ、と言う事よりもリック達の現在の立ち位置が何となく分かってしまったからだ。
「そうなってくるとリックさん達ってアンドロメダ銀河役所から目をつけられるんじゃない?」
「我々がここに居るという事はそういう事です。銀河民安全課は以前から独自に調査を行っておりました。その結果、我々はパルティクラールに反旗を翻す事になりました。しかし、信頼できる協力者もおりますので」
「協力者?」
「先程、パルティクラールの幹部の話が出ましたが、現時刻を持っての幹部は四人。脱退した者は、ミッシェル・ゴリアテ、ベルカ・テウタ、ミスター、そして私の四名です。そして、それに追随するように数名の構成員も脱退しています」
衝撃的な名前が出てきたものだ。
ベルカ……アンタは何を求めているの?
「ピカちゃん、いえ、ミッシェル・ゴリアテ氏はアタシ達の協力者である事は間違いない。それはタケルとメインの二人が保証してくれる。リックさん、貴方を始めとする銀河民安全課もそうなのでしょう。だけど、ベルカの目的が分からない以上は彼女を簡単に信用するには危険過ぎる」
「え? え? じゃあミスターはどうなるってワケ?」
「正直なところ、アタシはミスターを完全には信用していないわ。いくら有益な情報を提供されても、素性を明かさない人物をクリスは簡単に信用できる?」
視線を落とした彼女を見れば答えは聞くまでもない。




