第1話 Loose・YOURSELF・MYSELF(Ⅰ)
L・Rが向かった先である至聖宮へ急がなきゃならないのだが、にやけ面で目を細めるフェイをとりあえず一発殴ってやらなきゃアタシの気がおさまらない。腹の虫がへそを曲げたままというのはなんとも居心地が悪いものだ。
リックの事も気になるが、彼は彼でL・Rの置き土産であるホムンクルス共の駆除作業中とあっては込み入った話もできそうにない。
「ポールとルミは艦を動かせるようにしておけ! ブライアンはSTに搭乗せよ!」
「課長はどうするんですか!?」
「私はこのままエミリーを援護する。あまり長くは持たんかもしれんから急げよ」
「りょ、了解しました!」
指示を出しながらも数体のホムンクルスを薙ぎ倒していくとは、一体彼はどれほどの修羅場を潜り抜けてきたのだろうか。
「さすがは一課の長だけの事はあるね」
感心しきったようにシンは言うが、不信感を拭えずにいるアタシには、その言葉は素直に賛同できるものではなかった。
「やはり彼を信用できないようだね。でも、今は彼を信じてやってくれ」
「この状況じゃ信じるも信じないも無いわ。利用できるものは何だって使うわよ」
「それでいいさ」
「言っとくけど、ワタシはアンタの事だって信用してないわよ? 男だったら口先だけじゃなく態度で示してほしいワケ。オーケー?」
「ボクの大切なパートナーからそう言われてしまってはやらざるを得ないね」
おもむろに瓶底メガネを外して白衣の胸ポケットにしまうと、何事かを呟きだした。
「契約……解錠」
その言葉に反応し、シンの左手が淡く光りだした。よく見るとその手の甲には鍵穴のようなものが見える。
「シン、アンタ一体何を……?」
「これで君達に隠し事は無くなった。ボクも神器の守護者なんだよ、この『キー・オブ・ソトース』のね」
手にした銀色の鍵を鍵穴へと差し込むと、目の前の景色に歪みが生じた。
「じゃ、ちょっと行ってくる」
「行ってくる、ってどこへ?」
「忘れ物を取りに、ね」
そう言い残し、シンは空間を揺らす歪みの中へと姿を消していった。秘密主義なのは相変わらずだし、何をやらかしてくれるのかも気になるが、アイツが仲間である以上は信じるしかない。それに、気になると言えば『ベール』と『アッシュ』という名前だ。こいつらだけでも厄介極まりないってのに、まだ他にも相手しなきゃなんない奴がいるなんて想像するだけでドッと疲労が蓄積されそうだわ。
「茶番はもう終わったかい? 彼が何をしようと無駄な事だ。それに、余計な事を考えている暇があるのかい?」
「あぁ、そうね。まずはアンタをどうにかしないと先に進めないもんね」
「至聖宮に行けると思っているんだったら諦めた方がいいね。ここで君らを始末してもいいんだけど、現段階で一番の邪魔者はあの女海賊だ。あの女の存在は全てを狂わせてしまうんだよ」
ベルカの事を『あの女』呼ばわりされる事にアタシは苛立ちを隠せなかった。それが何故なのかは分からないが、とにかくアタシの心に怒りの炎が灯ったような感覚だ。
「アンタにベルカの何が分かるっての? 確かにアイツは海賊なんてつまんない事をやってるかもしれない。だけど、ベルカはただの海賊じゃない! アイツが何をするつもりなのかは知らないけど、中途半端な事だけは絶対にしない奴だとアタシは信じてる」
何故そう思ったのかと言われても答えに詰まるのだが、おそらく答えはベルカよりも目の前にいるこの男の方が心底ムカつくからだろう。
「僕はね、全ての人が幸せになればいいと願っている。だけど、それはただの人間には到底不可能な話なんだよ。一人の人間が幸せにできる人数なんてたかが知れている。さて、何人だと思う?」
「そんなのやろうと思えば……」
「一人だ」
反論しようとしたが声が出なかった。
確かにフェイの言う通りかもしれない。二兎を追うものは一兎も得ず、とはよく言ったものであり、誰かが幸せになる一方で別の誰かが不幸を味わうなんて事はよくある話だ。
「一人の人間が幸せにできる人数はたった一人だけだ。ただの人間にはね。だが、僕は神の力を手に入れた。僕なら全ての人間を幸福へと導く事が出来るんだよ!」
「貴様たちのやり方が正しいとでも言うのなら、このホムンクルス達は幸せだったとでも言うのか!?」
何故ここでリックの口からホムンクルスの話が出てくるのか分からず、ふと散乱とした屍を目にして酷く不快に感じたが、フェイにとってそれらは飽きたオモチャも同然だったようだ。
「こんなものに価値なんてないよ、充分遊んだし。それに僕は人間を幸せにしたいんだよ? こんなガラクタに用はない。無論、君達にもね」
足元のホムンクルスの屍を足蹴にし、吐き捨てるように言うその様に嫌悪感はさらに増していく。こんな奴が神の名を語るなどあってはならない。
しかしそうか。邪なる心を持つ神もまた神の側面かもしれない。
「オーケー、よーく分かったわ。確かにアンタは神よ。ただし……邪神と言う名のね。なんだったら魔神と言い換えてもいいわ」
そう言った瞬間、フェイはそれまでのニヤついた表情を一変させ、恐ろしいまでに見開かれたその目から感じる明らかな悪意……いや、殺意に一瞬呼吸が止まる。
「僕は全ての人間を幸福へと導く者なんだよ? 慈悲と慈愛に満ちたこの僕を邪神や魔神と呼ぶなんて……やっぱり君達は失敗作だ。この僕が創った世界に君達は不要なんだ!」
当たり散らすように光の矢を撒き散らすフェイの姿はもはや神と呼ぶにふさわしい物ではなかった。危険を察知し、至聖所へとダッシュで避難したアタシ達は今後の対策を練る事にした。が、そうそう時間に猶予も無い。
「何よアイツ、破壊と創造の振り幅が極端すぎない!?」
「確かにね。あれ程の力を手に入れたら誰だってそうなるのかもしれないけど」
「ちょっとレイア! アンタ、アイツの肩を持つワケ?」
「そうじゃないけど……なんて言うか、全ての人が幸せになる世界ってどんなだろうなって思ってね……」
「それは違うぞ、レイア・ルシール」
ブラスター・ガンの銃口をフェイに向けたままリックがアタシ達に問う。味方なのか敵なのか、信用に値する人物なのか、この機会に見定めさせてもらおう。
「その幸福が永続する事は果たして本当に幸せな事なのか?」
長く続くのならそれに越したことはないと思うし、フェイの理想論を聞いてから判断しても遅くはないと思うのだが、どうにも彼の含みを持たせた言い分が気になる。
「アンタらは何を知ってるの?」
「この世界を創ったのはフェイ……つまり『J・D・U』だという事は聞いての通りだ。しかし、それは半分正解であり、半分は事実とは違う」
「どういう事?」
「ユグドラシルと言う名の組織に聞き覚えはあるかな?」
「ユグドラシル?」
太古から伝わる神話のお伽噺に出てくる世界を内包するという巨木の名が確かそれだったと思う。しかし、組織となるとアタシは知らない。
「人類にとって最初のこの世界……いわゆる銀河を創造し、統括した組織……それがユグドラシルだ。彼らがこの世界を創り終えたのが今から百三十億年ほど前だそうだ」
スケールが大きすぎてちょっと意味が分からないが、まぁ、神様みたいなものかしら。
「そのユグドラシルの創設メンバーのうちの一人がこのフェイだ」
「「はあぁぁぁ!?」」
アタシとクリスは同時に声を上げた。それはそれは素っ頓狂な声であり、我ながら情けなくも思ったが、このネタをスクープとしてすっぱ抜いていいものかと考えてしまう自分には苦笑いするしかなかった。




