第2話 Stray・VANGUARD・ASTRAY(Ⅳ)
至聖宮では依然として舌戦と熱戦が繰り広げられていた。通信機からはもう何度目か数え切れないほど繰り返されてきた説得の声が聞こえている。変化があったとすれば、ケイさんが加わった事くらいだろう。
「おい、ベルカ! いい加減にしやがれっ! お前がどれだけ駄々捏ねたって済んだ事はもうどうにもならねぇんだよっ」
「うるせぇ! これはアタシ自身の問題だ、関係無ぇ奴はすっ込んでろ!」
「こんな事をやってもお前の過去の罪は消えねえんだぞ!」
「……てめぇ、何を知ってやがる?」
ベルカさんの過去の罪とは海賊行為の事だけではないのだろうか。
「惑星イード」
その言葉に反応を示したベルカさんはSTの動きを止めた。しかし、二体のドラゴンがそれに付き合うはずもなく、ベルカさんへと襲いかかるが、間一髪でアルヴィさんとリオさんが割って入る。
「お前がイードで起きた事件を忘れるはずがないよな」
「……全部調べたってわけかい」
「ああ。お前はそうやって全ての罪を背負って生きる事に満足してんのか?」
「アイツを……あの子を護るには、こうするしかなかったんだよ」
「だからこの惑星も壊すのか?」
「あの子を護るためならアタシは何でもやってやる。何にでもなってやる。海賊だろうが悪魔だろうが……何にだってなァ!」
ベルカさんの衝動を突き動かすものの正体をケイさんは知っている。そして、それは多分……僕も知っているものなのだろう。
「アスト、この通信を聞いてるんだろ? 今から話す事は紛れもない事実だ。聞きたくなかったら通信を切れ。こっから先を聞いちまったら……元には戻れねェぞ」
一瞬、ほんの一瞬だが躊躇った。だけど、ここまできて回れ右なんてできない。僕はケイさんに自分の覚悟を伝えた。
「……分かった。ベルカ、お前がそこまでして庇う相手ってのはお前の妹の事だな?」
ベルカさんは何も答えない。
「そして、その妹は俺達の故郷である惑星イードを壊滅に追いやった張本人────惑星殺しだな?」
やはりベルカさんは黙秘を続ける。ベルカさんの妹が惑星殺し、それはつまり僕の想像通りであり、真っ先に排除したい答えでもあった。
「お前の妹、レイア・ルシールの罪をお前が被る事に何の意味がある!」
最も聞きたくない答えだった。
レイアさんには幼少期の記憶が無い。それは本人からも聞いていた事だ。だからと言ってレイアさんが惑星殺しだと紐付けるには早計だと思う。
「レイアさんが惑星殺しだと言う根拠は何です?」
「イードの最後を記録したメモリチップがある。内容を見た今でも俺には信じられん事だが、たかだか五歳のガキが一つの惑星を壊滅に追いやったなんて信じられるか?」
想像する事すら困難だし、想像できたとしても理解に苦しむ。と言うより思考が追い付かない。
「その五歳児がレイアさんだって言うんですか?」
「俺はそう確信している」
「違うっ! それはアタシがやった事だ!」
そう叫ぶベルカさんの声色から怒りは感じなかった。心臓を抉られるような深い悲しみ、いや、慈しみと言った方が正しいようにさえ思えた。
「ベルカさん……あなたがレイアさんのお姉さんだと言うなら、なぜこんな事をするんですか?」
「姉が妹を庇って何が悪い? たった一人の妹を庇って何が悪いってんだ?」
言葉が出なかった。
それは、ある意味では正論なのだろう。だが、ある意味でそれは犯してはならない過ちだとも言える。そのどちらが正しいのかは僕には分からない。
家族を護る────それは人として当たり前の事なのだろう。しかし、それは時に互いを傷つけてしまう諸刃の剣のようなものなのかもしれない。護る側の覚悟、護られる側の痛み、それはその立場に立たなければ決して分からないし、分かりあえるものではないと思う。ましてや第三者である他人が容易に踏み込んでいい領域ではないのだから、僕達には決して理解できる事ではない。
僕に何が出来るのだろうか────
「そうやって自分を正当化していればいいさ。だがな、お前がそうすることで……言いようもない絶望を味わってる人間がいるってことも認識しやがれっ!」
そう言うが早く、ケイさんのSTはベルカさんのSTへと拳を叩きつけていった。
「アタシが惑星殺しをやればアタシが特異点になる。あの子には……レイアには過酷な運命なんて背負って貰いたくねぇンだよ」
「だったら俺の家族を返しやがれ! お前らが奪った命を全て返せ! お前らだけが被害者面すんじゃねェ!」
どちらの言い分もある意味では正しく、ある意味では正論なのだろう。だけど、正論を言う者が必ずしも正しいとは限らないのがこの世の理なのだろうか。
「俺にはあのベルカとか言う者の言い分が痛いほど分かるな……」
アインさんとベルカさんとでは妹に対する思いのベクトルが同じ方向を向いてるとは思えないけど。
「僕は一人っ子だからその思いは分かりませんけど、弟や妹が兄や姉を慕う気持ちより、兄や姉が弟や妹を思う気持ちの方が強いんですね」
「ああ、そうだな。そのためにも俺は俺にしか出来ない事をするだけだ。そうする事でミリューを護る事になるなら本望だ」
歪んだ愛が重すぎる気がする。だけど、自分にしか出来ない事をするというのは賛成だ。
自分が今すべき事をしようと階段を下りる途中、グレイさんに呼び止められる。
「どこへ行く? STは全て出払っているぞ?」
「……調理場をお借りします。カレーでいいんですよね?」
「何を考えている?」
「……みんなお腹空かせて帰ってくるでしょう? みんな……美味しいご飯を食べるために毎日を必死に、汗水垂らして頑張って生きてるんです。今日のご飯が美味しかったら、また明日も頑張ろうって思えるんです」
グレイさんとアインさんは僕の顔をじっと見つめている。
「今の僕に出来る事なんてこの程度の事しかないんですよ。神器の支配者とか言っても時間を止めるくらいしか能がなくて、しかも神器持ちには効果も無く、正直言って用途ゼロに等しい能力ですよね」
ルードの指輪には申し訳ないけど、僕にはこの力の有効な使い道が分からない。宝の持ち腐れとはこの事だ。
あの時、ベルカさんにこの腕ごと差し出せばよかったと今更ながらに思う。そうすれば、こんな事に巻き込まれる事も無かっただろう。
カレーのレシピを考えながら階段を降りようとしたその矢先だった。
「アスト、ゲートだ!」
アインさんの声に振り向くと、なんとゲートはアルテミシアの甲板上に出現していた。
「うえぇ! な、何でここに!?」
「おい、アインとやら。お前の仲間がここに来るのか?」
「いや、俺は一人気ままな傭兵稼業、仲間は持たぬ主義だ」
「じゃあ誰がゲートを発動させたって言うんですか!」
ゲートが開いたその刹那、背筋に冷たいものを感じ、体感的に気温が下がった気がした。薄ら寒い、と言うよりもハッキリとした悪寒だった。
「我を感ずる者がいるとはな……」
低く、くぐもった声。悪寒の正体が恐怖からくるものだったと知ってもそれはもはや後の祭り。ゲートの向こうから現れた青年の目からは生気を感じられず、まるで僕らを憐れんでいるようにも思えた。
彼が現れると二体のドラゴンは姿を消し、それと同時に彼の背後に、膝をつき頭を下げる二人の男女が現れた。
「ルキフ様、お手を煩わせてしまい申し訳ありません」
「構わぬ、ベールよ」
「向こうの方はもうよろしいので……?」
「フェイに任せてある。それよりもあの女の始末をまだつけられぬのか?」
この青年が至聖宮の長であり、J・D・Uの総帥でもあるブラフマンなのだろうか……
アッシュと呼ばれた赤いフードを纏った女性とベールと呼ばれた青いフードの男性が身を強張らせる。
「申し訳ございません。あの女の駆るSTの性能はこちらの予想を上回る数値を弾き出しておりまして……」
「言い訳はいい。あれがN・B・W・Sだという事は承知の上であろう? あの女ならそれを使いこなす事も少し考えれば分かる事だ。もうじきフェイも来る。片を付けてくるがいい」
アッシュとベールは再び姿を変え、空へと発って行った。そして青年はこちらを……いや、間違いなく僕を見据えていた。
「お前がルードの持ち主か。奴が選びそうな感じだ」
身動きが出来ない。あのDOOMによく似た深く黒い闇を湛えたような目が、僕を惹きつけるようで言い知れぬ恐怖を感じる。
「お前にはそれは重たかろう」
「う、うう……」
「己が生きる意味を問え。そして、答えも出ぬまま死ぬがよい」
「やらせるかっ!」
アインさんが僕を庇うようにブラフマンの前に立つ。長尺のソード・ライフルを構えるが彼はそれすら意にも反さない。
「惰弱……そして愚かなり」
防戦一方のアインさんを前に僕は何も出来ずただ立ちすくむのみだった。結局、僕は何も出来ないままなのか、そう思った時だった。
「何かがフォールド・アウトしてくるぞ!」
グレイさんが指さす方を見ると確かに何かがフォールド・アウトしてくるのが見えた。あれはおそらく……
「フェイの奴め……」




