第2話 Stray・VANGUARD・ASTRAY(Ⅲ)
戦いの激しさを増す至聖宮では、アルヴィさんとリオさんによる必死の説得が続いていた。しかし、ベルカさんが二人の訴えに応える事はなかった。それはこちらの通信でも確認出来た。正確に言うと、ベルカさんからの応答は一切なく、ただベルカさんの無機質な叫び声だけが虚しく聞こえてきただけだった。
一方で、アインさんを無事に保護してアルテミシアに帰還したケイさんだったが、すぐさま踵を返すと再び戦火の渦へと飛び込んでいったのであった。ケイさんにも色々と思うところがあるのだろうが、今はアインさんの無事に安堵の溜息を吐く。
「アインさん、どうしてここに……?」
「君は確かロイス・ジャーナルの……いや、君の方こそ何故この艦にいるんだ?」
「いや、まぁ、色々とありまして」
「そうか、君は相変わらず苦労しているようだな。レイアだったか、彼女は息災か?」
「ええ、まぁ。あの人はちょっとやそっとじゃ死にはしませんよ。それでアインさんはどうしてこの惑星に?」
「いや……妹のあとを追ってな。ジェフとパイがついていながら行方不明になるなど……仮にも王族の身でありながら勝手に城を抜け出すなど言語道断だからな。とは言え、国の責務を妹に押し付けた俺が言える立場では無いがな」
あちこちの戦場で傭兵稼業と称して自らを商品として売り込み、国の財政を賄う立場であるアインさんとしてもやはり心苦しいものがあるのだろう。
「って、アインさんが居ないんじゃロキの政治が成り立たないんじゃないですか?」
「それは大丈夫だ。カイル達に任せてあるからな」
「カイルさん達も大変ですね。あ、ミリューさん達ならレイアさん達と一緒にいますよ。アンドロメダ銀河役所の方々も一緒ですから安心して……」
「やはり奴らか! 今どこにいる!?」
語気を荒げたアインさんが詰め寄ってくるが、すぐに我に返り頭を下げた。
「すまない、取り乱した。いいかアスト、くれぐれも奴らには心を許すな。銀河役所なんてものはこの世界には存在しない。この世界を支配しているのはオールトの雲ではないんだ」
「え?」
「ユグドラシル……それが奴らの本当の名だ。奴らはJ・D・Uやオールトの雲とは敵対関係にある」
「それなら僕達の味方じゃないですか」
胸をなでおろしたのも束の間で、再びアインさんは声を荒らげる。
「何が味方なものか! 奴らはJ・D・Uやオールトの雲すら凌駕する戦力を隠し持っているのだぞ! 奴らがこの世界とは違う世界から来たという事を……あぁそうか、知らないのか」
呆気に取られていた僕の表情を鋭く読み取ってくれたのか、アインさんは再び深々と頭を下げる。身分の高い皇族であるアインさんに二度も頭を下げさせてしまうなんてこちらが恐縮してしまうし、本来ならあってはならない事である。それはともかく、アインさんの言う事が本当なら事態は恐ろしい方向へと転がってしまうのではないだろうか。
「銀河中を駆け回っていれば様々な情報が耳に入る。まあ、その大半は眉唾モノだろうがな。しかし、ユグドラシルに関してはどうやら本当らしいのだ。俺も奴らにはすっかり騙されてしまったよ」
にわかには信じられない。あのリックさんやブライアンさんやポールさんやルミさん、そしてエミリーさん達が僕達を欺いていていたとは到底思えないし信じられない。いや、信じたくもない。
「アインさんが仰られるようにアンドロメダ銀河役所なんてものは存在しないのかも知れません。でも……それでも僕は信じたいんです。レイアさんが自分の目で見たものしか信じないように、僕もこの目で確かめるまで望みは捨てたくありません。何より……」
「何より……?」
「ワンディちゃんが僕を裏切るはずがありませんから!」
「わん……でぃ……ちゃん……?」
こればっかりは僕も譲れない思いがある。
アンドロメダ銀河役所のマスコットキャラクターであり、全銀河に誇るギャラクシー・アイドルでもあるワンディちゃんが僕達を裏切るなんて考えたくもない。
「お役所の方々の仕事は僕らには分かりませんからね。でも、オールトの雲を危険視している事は確かなのですし、それに、並行世界からやってきた人は悪い人ばかりじゃないですから」
そう言って至聖宮の上で激戦を繰り広げているSTに目をやった。
確かに、DOOMやフェイみたいな奴はいるが、ケイさんもシンさんも僕にとって大切な兄のような存在だし、多分それは並行世界だからとか関係ないと思う。
「あのSTに乗っていた者は並行世界からやってきたのか。それに、君達の所のあのメガネ君も……いや、だからと言ってユグドラシルを信用する理由にはならんだろう。君達には君達の信念があるように、俺は俺の信念を通させてもらう。その結果がどうなろうが、振られたサイの目は変わらんのだから、それに従うまでさ」
普通ならキザッたらしく聞こえるセリフもこの人が言えばそれらしく聞こえてしまう。これが『ただし、イケメンに限る』という補正なのだろうか。
「それで、アインさんはこれからどうするんですか?」
「ふむ……俺は妹さえ無事ならそれでいいのだが……どうやらそうも言っていられん状況らしいな。奴らがここに来るというのなら待たせて貰おう。俺は妹をこの手に取り戻す!」
何だろう、この違和感は。
リックさん達を勘違いしているのはほぼほぼ間違いないにせよ、ミリューさんに対する溺愛っぷりに鬼気迫るものを感じるのは僕の気のせいだろうか。
「あの……ミリューさんが国王、というか女王と言う事でいいんですよね?」
「ん? まあ、そういう事になるな」
「となると、世継ぎはどうなるんですか? ミリューさんが婿を取る、という事になりますよね?」
「それは問題ない」
さすがアインさん、そこは兄として抜かりはないという事か。
「俺がいるからな」
ん?
この人は今なんと言った?
僕の聴覚に異常が無ければだが、アインさんは『俺がいるから』と言っただろうか。ん? 何かがおかしくないかな?
「え……と……そ、それはどういう……」
「俺がいればミリューは子を成せる。何かおかしいか?」
「い、いえ、全然」
重症だ……これは手の施しようのないシスコンだ。せっかくのイケメンも台無しだ、と思うと同時に、僕は少しだけほっとしてしまった。
色んな意味で神様は平等だ。




