第2話 Stray・VANGUARD・ASTRAY(Ⅱ)
漆黒の闇に包まれた至聖宮を地面に埋め込まれたアッパーライトが照らし出す。この惑星の光源はアッパーライトのみであり、その頼りない明りはまるで僕のようだ。
この状況を僕はただ見ている事しか出来ない。神器の力を使ったとしても、ベルカさんを止める事は出来ない。だけど、何かをしなければいけないという使命感じみたものを憶えている事も確かだ。そして、それはケイさんもグレイさんも同じだったようだ。
「グレイ、STの予備はあるか?」
「予備はないがアタシのがある」
「ソイツはN・B・W・Sか?」
「……どうするつもりだ?」
「承認パスを教えろ。俺が乗る」
どうにも二人の会話に薄霞がかかっているかのようだ。
ケイさんが何をしようとしているのかは察しがつく。だけど、それで全てが解決するとは到底思えず、むしろ状況が悪化してしまうような気がする。
悔しいけれど、僕には何も出来ない。僕はこんなにも弱くちっぽけな存在だったのか。
根性無し。
意気地無し。
へっぴり腰。
気概無し。
腰抜け。
へなちょこ。
惰弱。
くそヘタレ。
思いつく限りの罵詈雑言を自分自身に浴びせかけた。
何度同じ事を繰り返したのだろう。 多分、両手足の指を折っても足りないくらいには繰り返したであろう自責と後悔。僕は何度同じ過ちを繰り返せば気が済むのだろうか。
やろう。
どうせ後悔するのなら、何もしないよりも何かした方が数百倍マシだ。
こんな思いを幾度となく繰り返した人が僕以外にもいるのかと思うと少し可笑しく思えたが、こんな悪しき風習、負のスパイラルはどこかで断ち切らなくちゃならない────それが今の僕の役割だ。
「ケイさん、僕も……僕もやります!」
面食らった様子のケイさんは、数度にわたり高速の瞬きを繰り返したのち「お、おう……」と快諾してくれたのだが、ここで一つ問題が発生してしまった。
「アタシのSTは単座だが……」
僕の意気込みはまたしても空回りとなってしまった。さらに、すっかり意気消沈してしまった僕に追い打ちをかけるかのように災いの花が開いたのだった。
「ゲート……!?」
その瞬間、アッパーライトはスポットライトと化した。照らされた先に浮かび上がるゲートの扉がゆっくりと開くその様は、まるで神話に残る『イシュタルの門』のように思えた。
ゲートから現れる者をどのようにもてなせばいいのか皆目見当もつかなかったが、あの扉が完全に開かれた時にはきっと僕達に最後の審判が下されるに違いない。
「グレイさん、逃げましょう! ここに居たら僕達は全員殺されてしまいます!」
嫌な予感しかしない。
この状況でゲートが発現して良かった事の方が少なかったし、きっとDOOMみたいなヤツが出てくるに決まっている。
「チィ……おい、承認パスを早く教えろ。あのゲートから出てくんのが味方ならいいが、ほぼ百で敵である可能性が高ぇってんだったら戦力は少しでも多い方がいい」
承服しかねていたグレイさんだったが、状況を鑑みて承認パスをケイさんに伝えた。しかし、無情にもゲートは完全にその口を開いてしまった。
イシュタルの門は何をもたらすのか、かろうじて形を残している至聖宮の入り口の辺りに開かれたゲートから現れた姿は僕の、いや、この場にいる全員の予想を遥かに凌駕している人物だった。
「……え? えええぇ!?」
鳶色の髪によく映える朱色の瞳と、トレードマークとも言える異様な長尺のソード・ライフルに僕は見覚えがあった。
「アイン……さん……?」
ここからでは少し距離はあるが見まごう事はない。あれは間違いなくミリューさんの兄であるアインさんだ。でもどうしてアインさんがここに、というかあのゲートは一体どこから発現したのだろうか。
などと考えている場合ではない。STと巨大なドラゴンが暴れ回っている中に生身のまま放り出されているアインさんを一刻も早く救出しなければならない。
「ケイさん、あの人を救出して下さい! このままでは……」
「分かってるって。んじゃ、ちょっくら行ってくらァ!」
格納庫へと駆け出して行ったケイさんを見送ったグレイさんは、舵輪の中心にある赤いボタンを押した。てっきりクラクション的な何かだと思っていたが、どうやら通信機能のオン・オフを設定する機器だったらしく、どこからともなくアルヴィさんとリオさんの声が聞こえてきた。二人はなにやら激しく叫んでいたが、グレイさんの呼びかけにはしっかりと反応してくれた。
「アルヴィ、リオ、応答せよ」
「ンだよグレイ。こっちはお前に構ってる暇はねぇんだよ!」
「それはすまなかったな。だが、こちらも急を要する。その前に言っておくが、この通信はボスのSTには入っていない」
「船長に聞かれたらなんやマズいんか?」
「アタシのSTにケイが乗ってそっちに合流する」
「はぁ?」
「それと、至聖宮に現れたゲートから出てきたヤツは敵じゃない。ケイはソイツを保護しに向かった。お前らのSTからボスのSTへ直接通信出来るようにプログラムを組み直したから、上手く伝えてくれ」
「ったく、人使いが荒いんだよ!」
「それが海賊ってもんだろ?」
「せやな。ほな、行ってきまっさ」
グレイさんとの通信を終えたアルヴィさんとリオさんは、二体のドラゴンと激しく交戦している金色のSTへと再接近していった。
燃え盛る炎のように赤く輝くドラゴンと、どこまでも果ての無い海のように深く蒼いドラゴンを相手に一歩も引かず戦っているベルカさんの姿に僕は戦慄を覚えた。
僕なら速攻で逃げ出しているような場面だし、何ならエンカウントしたくもない状況なのに、何故あの人はあんなにも恐怖に立ち向かえるのだろうか。
「あの人が戦う理由って一体……」
「過去の因縁、過去との決別、そして贖罪だ」
「贖罪……」
ベルカさんの過去を探ったところでどうなるものではないだろうし、知ったところで何が出来るわけでもない。そして、それはおそらく、知らなくてもいい事ではなく、知ってはいけない事なのだろう。
僕はこの濃霧のような疑問を忘れる事にした。
────明かされることのない謎が一つくらいあってもいいじゃないか、と、半ば強引に結論付けて目を閉じ、記憶の箱の蓋も閉じる事にした。




