第1話 Orbital・LAGRANGE・POINT(IV)
ライトブルーの機体色も眩しいSTが、その身を挺して蒼白い光の矢を弾き飛ばしていく。今日ほど良い後輩を持ったと思った事は無い。
「あ、オプション装備忘れてきました~」
前言撤回。再教育が必要ね。
「ん~……フラッシュ・ナイフとヘッド・レーザーだけで何とかなるかなぁ~?」
「何とかしなさいっ! こンのアホ後輩!」
「先輩ひどい~! 可愛い後輩をアホ呼ばわりするなんてぇ~」
「だったらこの状況を打破するくらいに暴れ回りなさい!」
ST一機でどうにか出来るとは到底思えないし、今のこちらの戦力で一番頼りになるのがこのアホだというのは切実に大問題である。
ルキフ・ロフォが杖を振るうたびに際限なく現れるホムンクルス達を相手にし続けるのも限界があり、じりじりとリック達も劣勢へと追いやられていく。パイちゃん達の光の壁の効力も切れかけているとなると、このままこうしていても勝ち目どころか生き延びる道もない。
「エミリー、気合い入れなさいよ! こんな所で死にたくないでしょ!? アンタが頼りなのよ、そこんトコちゃんと分かってるワケ!?」
頼らざるを得ないのは解るし、後輩に頼ってばかりもいられないし、先輩としてちょび情けない。しかし、クリスの叱咤に鼓舞したのか、エミリーのSTの目が赤く光る。それが何を意味するのかは解らなかったが、異変を察知したのはポールとルミだった。
「ダメよ、エミリー! 『N・B・W・S』の調整はまだ完全じゃないわ!」
「でもでも~、ここでコレを使わなくちゃ先輩達が~!」
前言再撤回。
エミリーはエミリーなりに、しっかりと自分がやるべき事を考えているのだ。
泣かせる話じゃない。
「そのえぬびーなんとかってのは大丈夫なワケ?」
「はい、もっちろんですぅ~」
「バカ! そいつはまだ模擬テストもやってないんだぞ!」
ぶっつけ本番とはいえ、この状況を打破できるのならばそれに賭けるしかない。何もせずに終わるのはまっぴらごめんだわ。
アタシも出来る限りの事をして、可愛い後輩をサポートしてやろうじゃないの。
「エミリー、アンタはアンタがやるべき事をしっかりとやんなさい。後輩がやる気出してんだから、後の事は先輩に任せなさいな!」
「新聞屋、勝手な事を……」
「お小言なら後でワタシ達が聞くから、今はこの場を乗り切る事だけを考えて、ってワケ」
ブライアンを一言で言いくるめるクリスが頼もしい。彼女の言う通り、最優先事項はそれなのだから、今は四の五の言ってる場合じゃない。
エミリーのSTが再びその目を赤く光らせ、天に向かって雄叫びをあげるような動きを見せた。さながらそれは伝説に聞く狂戦士の如くだった。
D・M・F・Sを採用しているSTは操縦者の動きそのものを直接機体に反映させるから、少しの訓練を受ければ誰にでも扱う事は出来る。とは言え、ヘッド・レーザーを豪快にぶっ放しつつ、フラッシュ・ナイフを逆手に持ち敵陣に飛び込み、ホムンクルス達を次々と薙ぎ払うその姿は、以前文献で読んだ忍者を想起させた。エミリーに忍術の心得があったなんて事実は聞いたことがないのだが。
「あれって本当にエミリーなワケ……?」
「ねえ、クリス。エミリーって忍者の末裔か何かだっけ?」
「そんなワケないでしょ。あ、でもあの子が好きなアニメって確か忍者が主人公じゃなかったっけ?」
そう言えば学生の頃にそんな事を言っていたような気がする。短刀と手裏剣と忍術を駆使し、たった一人で戦い抜く主人公がカッコいいだのなんだの言って目を輝かせていたっけ。言われてみれば今のエミリーのSTの動きはあの忍者アニメの主人公と酷似しているかもしれない。
「って事はさぁ、あのアニメの主人公の動きを完コピしてるってワケ?」
「うーん……確かに何百回って見返してたみたいだし……って、そんなの実戦で出来るはずが無いでしょ」
STにこの言葉が適当なのかは分からないが、見る間にホムンクルスの群れを薙ぎ払っていくエミリーの動きは人間離れしており、D・M・F・Sによる動きではないように見える。
ドーピング────という訳ではなさそうだし、あれが本当のエミリーの姿なのだろうかとも思ったが、答えはルミが教えてくれた。
「あれはエミリーの中にある記憶を呼び起こしているの。そして、その記憶を再現させているのよ……本人の意思とは無関係に」
一瞬理解に苦しんだが、それは恐ろしいまでの危険を孕んでいる事に気付いた。
操縦者の意志が関与していてないという事は、運動神経や肉体や筋力等の物理的な部分も無視されるのだろう。言葉を変えるなら『バーサーカー・モード』と言った所であり、つまり、D・M・F・Sではないという事だ。
「さっき言ってた『N・B・W・S』ってのが発動してんでしょうけど、実は相当ヤバいモンなんじゃない? アレって何なの?」
答えにくい事かもしれないが、万が一にでも危険なものであるならば即刻止めさせなければならない。大して可愛げもない奴だが、まかりなりにもアタシの大事な後輩の命が懸かっているかもしれないのだから放っておくわけにもいくまい。
その思念が届いたかどうかは定かではないが、ピカちゃんをエスコートしたシンが何故か苦虫を噛み潰したような表情でやって来るなり口を開いた。
「正式名称はニューロン・ブレイン・ウェーブ・システム……神経細胞の働きを一時的に活性化させ、脳波で機体を制御、及び、コントロールさせるシステムだ」
「やっぱりヤバいヤツじゃない! エミリーはタイプ・エヴォルじゃないんだから! あと、リック課長……アンタ、このアタシをよくもまぁ堂々と謀ってくれたもんね?」
振り返った先に立つリックは眉尻一つ動かす事は無かった。やはり公務員は信用ならないし、信用するなら同僚よね。
「シン、アンタ言ってたわよね? ベルカのSTは並行世界の技術だって。そして、あの機体を操るにはタイプ・エヴォルでなければならない、と」
「ああ。そして、ベルカのSTは脳波でコントロールする。つまり、N・B・W・Sだという事だ。エミリー嬢の駆るSTは並行世界の技術を用いたタイプ・エヴォル専用機だ、という事になるね」
「確か……リック課長はタイプ・エヴォルという言葉を初耳だと言っていたわね。どう考えてもこれは矛盾だわ」
小一時間リック達を正座させて問い詰めたいところだが、現状ではそれも叶わない。その役目はクリスとシンに譲渡し、アタシはフェイとL・Rの最悪コンビと対峙する事にした。しかし、エミリーのSTにより大半のホムンクルスが肉塊へと変貌していく中、突如として召喚をやめたL・Rはゲートを開く。当然、フェイはL・Rを呼び止める。
「何をしてるんだい? まだパーティーは終わってないよ?」
「至聖宮にて、よからぬ動きがあった。ベールとアッシュの加勢に向かう」
「ベールとアッシュからの報告……? あの二人でも手に負えない事態なのかい?」
「女狐が姿を現したそうだ」
「……なるほどね。なら、ここは僕が引き受けよう」
ゲートの向こうへと姿を消したL・Rが向かう先は至聖宮、そしてそこにいるのは────
「ベルカが至聖宮にいるのね?」
「おや、盗み聞きとはいい趣味をしているね。さすがは薄汚いジャーナリストだ」
「お褒めに与り光栄ですわね」
薄汚い笑みを浮かべるフェイを睨みつけ、アタシも負けじと口角を上げる。こんな奴が神だなんてアタシは絶対に認めない。認めるわけにはいかない。
「アタシの人生はアタシのモンなの。アンタ如きに決めて欲しくないのよね。アタシはね、まだまだ知りたい事、やりたい事が沢山あるの。アンタの掌の上でなんて絶対に踊ってやんないわ!」




