第1話 Orbital・LAGRANGE・POINT(Ⅱ)
「始まりの地?」
フェイの不可解な言葉はアタシの思考を止めるには充分すぎるくらいだった。
全ての始まりの地────フェイの言う『全て』がどこからどこまでを指しているのかは分からないが、始まりの地、というのはどうにも記憶に引っかかる言葉だ。
理由は分からないが嫌な予感がしてならない。
「ここがそうだとして、それが何なの? 始まりの地があるのなら終わりの地もあるのかしらね?」
「へえ、そういう発想をするんだねぇ。これは驚いた」
大袈裟に両腕を広げて驚いてみせるその姿はこちらを煽っているように見える。しかし、アタシはその手には乗らない。コイツは人を挑発してその反応を楽しむクズ野郎なのだ。
「まぁ、始まりがあるのなら終わりがあって当然と考えるのが妥当じゃない? まさか惑星ロキが終わりの地、だなんて言うんじゃないでしょうね?」
「ほう……」
フェイの眉がピクリと動く。今度はオーバーアクションが無い。カマをかけたつもりだったのだが、どうやらビンゴだったようだ。
「君はなかなか優秀な『サンプル』だね。思わぬ収穫、といったところかな?」
「人を実験材料みたいに言わないでよね」
「これは失礼。では『モルモット』と言い直そうか」
「アンタふざけてるワケ?」
アタシもクリスに激しく同意。人を食った態度を取り続けるフェイには、さすがに我慢の限界を感じた。
「その、人を人とも思わない口振りはどういうつもりなのかしら? まるで自分が神にでもなったかのように聞こえるけど?」
「ああ、これは失敬。いや、神になったつもりじゃなくて、事実として僕が『神』なんだよ」
「はぁ?」
これは呆れるより他ない。きっとフェイは頭が可哀想なヤツなのだ、うん、そうに違いない。傍らでクリスが頭を抱えている事が何よりの証拠だ。
「いい大人がいつまで頭こじらせてんだか、てのは遥か彼方の倉庫に保管しとくけど、御自分が『神』だとおっしゃるなら、その根拠ってものをぜひお聞かせ願いたいものね」
「根拠……? そうだねぇ、この世界が存在している事自体がその根拠かな」
「話にならないわね。貴方の言う事は荒唐無稽すぎる。仮に貴方がこの世界を創造したとして、アタシ達は何故この世界に存在しているのかしら?」
大事な事だから何度も言うけど、コイツの話は真に受けてはならない。どうにも頭のネジが一本、いや、百本ぐらいはぶっ飛んでいる。しかしこの違和感は何だろうか。
「並行世界についてはもう知っているよね? 僕はその世界から来た、というのも多分知っているんでしょ?」
「敏腕ジャーナリストなもので。並行世界っていくつも存在しているんでしょ?」
「さすが、と言えばいいのかな。でもね、世界っていうものは一つあれば充分足りるとは思わないかい?」
「そりゃあ、ワタシ達が生活する分には事足りるとは思うけど……」
クリスのその言葉を引き出したかったのだろうか、フェイはニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「この世界を含め、並行世界は僕が手慰みに創ったモノだよ」
話半分に聞かなきゃいけない、そう思っていても、ここまで自分推しされると少しは疑って掛かってもいいのだろうかとさえ思えてしまう。
インタビューを続けるか中断するかの判断を迷っていたが、タイミング良く────この場合は悪くかも────リック達が駆けつけてきた。
「二人とも、下がって!」
「まったく……余計な世話を焼かせるな!」
「これも我々の仕事でしょ、ポール係長。てかエミリーは?」
「アイツには別任務を与えている。ここで奴を捕らえるぞ!」
ブラスター・ガンのトリガーに指を掛けたアンドロメダ銀河役所の面々が援護に駆けつけてくれたが、リックとブライアンとルミはともかく、ポールには来て欲しくなかった。余計な一言を言われる事は容易に想像出来るし、それがひどく不愉快な気分にさせるからだ。
案の定言われたし。
ありがたくない事だけど、それでも戦力には違いないので、この際コイツの言葉は聞き流す事にする。
そんな空気を綺麗に読み取ってくれたのか、ミリューとジェフ、それにパイちゃんとレビも合流する。
ともかく、さすがにこれだけの人数を相手にするのは分が悪いのではないだろうか。ピカちゃんとシンは頭数に入れずとも『一対十』なのだから、普通なら尻尾を巻いて逃げる場面だ。
普通なら。
そう、相手はあのフェイだ。
尋常ならざる力を持ち、得体の知れない不気味なオーラをその身に纏う『普通じゃない』奴なのだ。これだけ分が悪いにもかかわらず、不敵な笑みを浮かべ続けているその素振りがこちらの不安を掻き立てさせる。
てゆーか、なんで彼らはSTに乗っていないのだ。普通にブラスター・ガン構えて恰好良く決めちゃってるけどさぁ。こんな緊迫した場面じゃなかったら小一時間正座させて説教してるとこだわ。
そんなこちらの思惑などお構い無しに、フェイは涼しい顔を見せる。
「さて……まだ何人かは足りないけれど、取り敢えずの役者は揃ったかな? ここで君達『失敗作』を排除しても構わないんだけど、優秀な『サンプル』に免じてもう少しだけ猶予を与えようと思う」
「猶予?」
「そう。君達の可能性に賭けてみるのも悪くないかと思ってね。僕の想像を超えてくれるのなら、この実験は大成功と言える。この箱庭の楽園で君達がどんな未来を見せてくれるのか、それをこれからの楽しみにしようかなぁって思っているんだよ」
クフフ、と嘲笑うフェイにアタシは違和感を覚えると同時に不思議な既視感を感じた。その瞬間、激しい頭痛に襲われ思わず頭を抱えてしゃがみこんでしまった。
アタシは知っている。
何を?
アタシが存在している理由、アタシがここにいる理由、アタシがアタシである理由、アタシは────アタシは────誰?
「……ア……イア……」
誰かの声が聞こえる────アタシの名前を呼んでいるの?
「……イア……レイア……しっかりして!」
ああ……この声の主はアタシの悪友か。
「大丈夫。ちょっと眩暈がしただけだから」
珍しく不安そうな顔を見せるクリスに心配は掛けまいと立ち上がるが、どうにも足元がおぼつかない。先程の頭痛の原因は分からないが、まるでキツいアルコールを一気に飲み干した後のようなこの妙な感覚を払拭させるには迎え酒が一番の特効薬かしら。
その特効薬は相も変わらずニタニタとこちらを嘲笑うように見据えている。ホント、腹の立つことこの上ない……極上の獲物だわ。
「アタシ達が描く未来はアンタが望む未来とは掛け離れていると思うけど、それでもいいの?」
「それはそれでいい座興になりそうだね。でも、僕が気に入らなかったらリセットするだけだよ」
どこまでも自分は高次元に存在しているアピールが鼻持ちならない。有り体に言えば『ばりクソムカつく』というヤツだ。こうなったからには必ず記事を書き上げて全銀河に発信してやる!




