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iDENTITY RAISOND’ETRE 第二部 ~聖櫃の行方~   作者: 来阿頼亜
第6章 拡散希望のデストルドー?
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第2話 SENSATIONAL・EMOTIONAL・destruction(Ⅳ)

 第五の至聖所にベルカさんの姿を確認する事は無かった。しかし、そこに誰も居ない、という事はなく、ベルカさんの代わりに僕達を出迎えたのは、毒々しい濃紺色のヴェールを纏い、派手なメイクを施した女性だった。


「んもう、待ちくたびれちゃったわよン」


 しゃなり、と身をくねらせながらバチンッと聞こえてきそうなくらいに豪快なウインクを投げ掛けてくるその女性────その声は男性のものだったような気もするが聞き間違いだったかもしれない────を見かけるなりケイさんが猛然と掴みかかっていった。


「てめぇ、ボナンザッ! なんでここに居やがる!?」

「あらあら、随分と御挨拶じゃない? アチシはアナタ達に警告をしに来たのよ」

「警告だと?」

「そ。アナタ達、これ以上先に進むんだったら覚悟しておくのね」


 前触れもなく現れたボナンザと呼ばれるその人から告げられた警告はこれまでの行動を無に帰すに等しい言葉だった。


「アナタ達、ベルカ・テウタを追ってるんでしょ? だったら追うのはおよしなさいな。アナタ達がどうこうしたって彼女を止める事なんて出来っこないわよン」


 ボナンザさんの言い分を僕は漠然と受け止める事が出来たのだが、やはりと言うか当然と言うべきか、アルヴィさん達は敢然と食ってかかっていった。


「お前、ふざけんのはその恰好だけにしとけよ? アタイらがどんな思いでお頭を追ってると思ってんだ!」


 確かに彼女達とベルカさんとの間には並々ならぬ関係性があるように思える。それは単に海賊の首領とその手下、という主従関係とは違う何か────それが何なのかは分からないが────を感じられた。

 そんな彼女の言葉を涼しい顔で受け流したボナンザさんは、そうなる事は織り込み済みといった感じで話を進める。


「ま、それが当然の反応だわよねン。アナタ達がどんな思いであの子を追ってるのかなんてアチシには手に取るように分かるのよン」

「あぁ? どういうこった?」

「こいつの神器の力だ。また下らねぇ未来でも見たのかよ? つーか、勝手に人の未来を見てんじゃねぇよ」

「あらやだ。『下らねぇ』だなんていつからそんな口汚い言葉を使うようになったの! アチシはアナタをそんな風に育てた覚えはなくってよ?」

「てめぇに育てられた覚えもねえし、俺の口の悪さは生まれつきだ。保護者ヅラしてんじゃねぇよ」


 そう言ってケイさんは懐から煙草を一本取り出し火をつける。それに呼応するかのようにボナンザさんも何故か胸元からキセルを取り出し、ぷかりと紫煙をくゆらせた。まかりなりにも神聖であるはずの至聖所の敷地内は禁煙区域なのではないだろうか、と勘繰るのは決して野暮では無いと思いたい。

 その一方で、ボナンザさんが取り出したキセルを見て驚嘆の声を上げたアルヴィさん達が彼女のもとへと詰め寄っていく。


「おいっ! なんでお前がそのキセルを持っていやがる!? ソイツはお頭のキセルじゃねぇかっ!」


 ベルカさんのキセルと同じ物をボナンザさんが持っていても何ら不思議は無いのだが、それにしてはアルヴィさん達の血相の変えようは異常である。キセルなんてどこにでも売っていそうな物だと思うのだが。


「同じキセルを持っているのがそんなにおかしな事ですか?」

「あったりまえだろうがっ! あのキセルは『覇王のキセル』っつってなァ、この世に二つと無ぇ代物なんだ!」


 一応、末席に座っているとはいえジャーナリストを名乗らせて貰ってはいるが、そんな物が存在するとは聞いたことも無い。それとも単に僕の知識不足なのだろうか。

 この世に二つと無い代物、それが何を示すのかを考えた時、僕の中に一つの仮説が浮かび上がっていた。


「覇王のキセルとはもしかして……神器……?」


 しかし、それは杞憂に終わった。そもそも神器に選ばれた者は、一つの神器の守護者に選ばれた時点で他の神器に選ばれる事は無いのだそうだ。そうなると、覇王のキセルとは何なのかという疑問が残るが、その解決にもそう時間が掛かるものではなかった。


「やーねぇ、もう。このキセルはただのレプリカよン、レプリカ。ベルカ・テウタの持つキセルがまごう方なき本物よン」


 ボナンザさんの言い分を鵜呑みに出来ないのであろう、アルヴィさんは彼女の手元からキセルを奪い取りじっくりと観察する。それに釣られるように、全員がキセルの真贋を見極めんと集いだす。傍から見れば随分とおかしな光景だったに違いない。

 最後までアルヴィさんとリオさんは疑っていたが、アンドロイドであるグレイさんの鑑定が決め手となってようやくレプリカである事を認めていた。ジェフさんがこの場にいれば、話はもっと早く済んでいたに違いない。


「しっかし、良く出来てやがんなぁ」

「当たり前よン。これはね、鍛治職人の惑星としても有名な『ヤヴィシュタ』に住む、腕利きの贋作職人にそれなりのお(マニー)を積んで作らせた一点モノなんだからン」


 一点物の贋作とはこれまた奇妙なものである。しかし、何故覇王のキセルでなければならなかったのか。

 彼女の言い分によれば、占い師である以上、あやかれる物があるならばあやかるに越した事は無い、との事だった。


「こういう仕事をしてるとね、色々なモノが見えてくるの。重い悩みを抱えた人がアチシを頼って、アチシの占いに救われていく。それはアチシにとっても凄く嬉しい事なの。でもね、アチシだって何かにすがりつきたくなる時があるのよねン。戦乱に荒れ果てた惑星を統治した、通称『英雄王』が持っていたと言わている覇王のキセルなんてさぁ、レプリカでも御利益ありそうじゃなぁい?」

「なるほどな、イワシの頭もニシンからって言うもんな」

「それを言うならイワシの頭も信心から、やろ!」


 リオさんが鋭いツッコミと共にアルヴィさんの後頭部を叩く。その様子は漫才だ、お笑いだと言っていた彼女らと出会った当初を想起させたが、やはりどこか物足りない感じがしていたたまれなくなってしまう。

 それは僕だけでなく、彼女達にも同じ事が言えたのだろう。頭を叩かれてアルヴィさんの口をついて出た「痛てぇっすよぉ、お頭ぁ」という言葉が全てを物語っていた。


「うぅ……お頭ぁ……なんでなんだよぉ……」

「ウチら、見捨てられてしもたんやろうか……?」

「バカ野郎っ! お頭がアタイらを見捨てるなんて……そんな訳ねぇだろうがっ!」


 僕にはよく分からないが、海賊に主従関係はあっても信頼関係は希薄なのではないだろうか。しかし、彼女達を見る分にはそれはまさしく信頼関係に他ならなく思える。

 その疑問をぶつけてみると、二人は互いの顔を見合わせ、その表情に影を落とした。


「アタイとリオはお頭に拾われた孤児だ……そんなに歳も変わらないのに、お頭はアタイらなんかよりもずっと大人だった。お頭がいれば安心できたし、お頭がいたからこそアタイらは生きてこれた」

「ウチもアルヴィはんと一緒や。あの人がおらんかったら、今こうしていられるかどうかも分からへんのやから。あの人がいるからウチらは面白おかしく今を生きてられるんや」

「だからアタイは、この命をお頭のために使うって決めてんだ」


 その言葉に僕は複雑な思いを抱いた。

 誰かのために使う命なんてあってたまるか。だが、それと同時に、誰かのために生きる事はそれだけで美しい命だと言えるのかもしれないとも思った。

 それが自分の意思ならば。

 僕にはそれが彼女達自身の意思だとは到底思えるものではなかった。

 だけど────


「誰かを信じる事は大切な事です。けれど、それが全てではないと思います。自分の命は自分のために使うべきじゃないでしょうか。いえ、そもそも使うという表現がおかしいですね。なんと言うか……その……」

「つまり、自分のために生きるも誰かのために生きるも、そいつ自身の自由ってこった。人生の最期を迎えた時に、自分の生涯に満足して死ねるかどうか、って事だろ?」


 言葉足らずの僕を擁護するようにケイさんは補足してくれるが、僕の思いとは少し違う。

 確かにそれは一つの正解なのだろう。と言うより、生きる事に正解なんて無いのかもしれない。

 今を生きて、後悔なく死ねるならそれでいい。だけど、誰かのために死ぬ事に意味があるとは思えない。何が正しくて、何が間違いなのか、いや、それを問う事自体が間違いなのかもしれない。人生問答を繰り返す僕達に対して、晴れる事の無い霧は晴らすな、と言わんばかりにボナンザさんが進路の選択を迫る。


「どうでもいいけどアナタ達、ベルカ・テウタの後を追うの? それとも、ここで役所の連中を待つの?」


 僕としてはレイアさん達と合流する事は願ったり叶ったりなのだが、僕に決定権があるはずもなく、ベルカさんを追うと言い張るアルヴィさん達に従うしかなかった。ケイさんもお手上げ状態で、寄る辺ない僕はシンさんのモバイルへメッセージを送信し、ひらひらと手を振るボナンザさんに見送られながら至聖所を後にした。

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