第2話 SENSATIONL・EMOTIONAL・destruction(Ⅲ)
「グレイさんが神器の守護者じゃないとしたら一体誰が……」
そこまで言ってハッと気づいた。
そうだ……あの人がいた。
「まさか……ベルカさんが……」
「俺はそう踏んでいる。でなきゃ説明がつかねぇ」
ケイさんの言い分は至極もっともだし、僕もそう納得せざるを得ない。得ないのだけど腑に落ちない事が一つ、僕の脳裏に重くのしかかり、ともすれば頭痛の種になりかねない懸案がある。僕は思い切ってケイさんにソレを問い質した。
「ケイさんは何処までご存知なんですか?」
「あん?」
「この艦の事も、グレイさんがアンドロイドだと言う事も、ベルカさんが神器の守護者だという事も何故分かったんですか?」
「おいおい、俺はカメラマンが本職とは言え、これでもジャーナリストの端くれだぜ? 調べたに決まってんだろ」
「そんな言葉ではぐらかさないで下さい! ケイさんは並行世界で起きた事件を追ってこの世界に来たんですよね? そして、そこ事件に深く関わっているのがベルカさんだという事ですよね?」
ケイさんは無言で頷く。
「そしてケイさんはレイアさんの事を『惑星殺し』だと言っていましたよね? 僕はレイアさんはその事件とは無関係だと思います。そう思いたいです……でも……ケイさん、教えて下さい! ケイさんが何を知っているのかを」
僕はケイさんに詰め寄り、あわよくば全てを聞き出そうと思った。そうする事によって『何か』に近づく事が出来る、そんな気がしたからだ。
その『何か』の正体は分からない。分からないが、知らなければならない。彼が知っている事を知る事で僕自身の『何か』が変わる、そう思えたのだ。
しかし、ケイさんからの返答は無情な物だった。
「お前がそれを知って何になる? お前はこれ以上こっちに踏み込んでくるんじゃねえ」
「何故です!? 僕が未熟者だからですか!? 僕はそんなに頼りないですか!?」
「そうじゃねえ。いや、頼りないってのは当たってるかもな。とにかく、お前はこの件に首を突っ込んでくるんじゃねえ。じゃねえと……元には戻れねぇぞ?」
安い脅しだと思ったけれど、ケイさんの目は微塵も笑ってはおらず、その本気度合いは推して測るまでもなかった。それはそれで興味が湧いてくる、そう思える自分に苦笑しそうになったのは明らかにあの人の影響だ。影響を受けやすい自分が悪いのか、それともあの人の影響力が強いのか、多分、僕が影響を受けやすいのだろうけど。
それはともかく、元に戻れないとはそうそうと穏やかな話ではなさそうだ。
だけど……
「ここまで来た以上、僕に戻るという選択肢はありません。僕はジャーナリストとしてまだまだ未熟です。だから、僕には前進しか無いんです」
言ってしまった。
言ってしまったからにはもう後戻りは出来ない。
「僕は……僕が知らない事を知りたいんです。それが……それが僕のジャーナリストとしてのレゾンデートルなんです!」
僕は真っ直ぐにケイさんの目を見返した。僕が僕であるために、僕という『個』を形成するためには知らなければならない事が沢山ある。それこそ銀河に散らばる星の数ほどあり、その銀河の端から端まで何往復もして知識を拾い集めたいくらいに今の僕は貪欲だ。
知識こそがジャーナリストの最大の武器。それらを拾い集めなければ、ケイさんはもちろんの事、クリスさんやシンさんやレイアさんと肩を並べる事など不可能だ。
自分には無理だ、出来る訳が無い、あの人には敵わない、そんな事を思っているようでは自分自身の成長なんて望めるはずも無い。
今の僕は神器の守護者だから重宝されているだけに過ぎない。だけど、そこにあぐらをかいているようでは、いつか必ず自分という『個』を殺してしまうだろう。それでは僕が生まれてきた意味が無くなってしまう。
僕という人間が生まれた意味、証を残したい。それは大言壮語ではないと思うし、不相応でもないと思う。
「なんだよ、言うようになったじゃねぇか」
少しは認めてくれたのか、それともただ呆れているだけなのか、ケイさんは腰に手を当てながら空を仰いだ。
「お前のジャーナリストとしての覚悟、存在意義は良く解ったし、その思いも受け止めよう。だが、それとこれとは話が別だ。俺達の世界で起きた事件に、この世界で生まれ育ったお前を巻き込む訳にはいかねぇ」
「じゃあ、レイアさんやシンさんはどうなるんですか!」
クリスさんへの被害は最小限だろうから良しとしておこう。あくまでも今のところは、だけど。シンさんとケイさんは元々パートナーを組んでいたとは言え、今は僕達の同僚だ。できる事ならこれ以上巻き込まないで欲しい。
問題はレイアさんだ。
ケイさんはレイアさんの事を『惑星殺し』だと言った。レイアさんは無関係なハズなのに……
「シンは俺と同じ運命を辿るだろうな。レイア・ルシールは……正直なトコ、俺には分からなくなってきちまった」
分からないとは無責任な話だ。しかし、アルヴィさん達もケイさんと同意見だという。
「あのレイアって女は不思議なヤツだ。お頭と同じ『ニオイ』がするんだよなぁ」
「せやねんなぁ。雰囲気っちゅーか、なーんかどっか船長を感じるねんなぁ……」
レイアさんとベルカさんが似ている、それは確かに僕も感じた事だ。しかし、この世には自分と似た人間が三人いるという都市伝説もあるくらいだから、それほど気に留める事でも無いのではなかろうか。
それよりも何よりも、自分の仲間が危険にさらされようとしているこの事態を黙って見過ごす方があってはならない事だ。
「今回の事件は僕にとっても無関係な事ではありません。僕の仲間が関わっているのなら僕が手を引くわけには行きませんし、何よりレイアさんが……」
「お前、あの女に惚れてんのか?」
言葉尻を捉えたアルヴィさんがニヤニヤと意地悪く僕の顔を覗き込んでくる。
「……多分、そうなんでしょうね。僕はずっと、レイアさんと一緒に仕事をしながら、自分自身の存在理由を探していました。何にも持たない自分が自分でいられる場所……今の僕にとって、レイアさんの隣がそれでした。あの人に近付きたい、あの人に認められたい、あの人を超えたい、そう思っています。レイアさんが女性で僕が男だから、こんな感情を抱いてしまうんでしょうね」
「ん~……」
苦虫を噛み潰した様な表情で頭をガシガシと掻きながら、アルヴィさんは首を捻る。
「男と女のこたァ、アタイにゃよく分かんねぇけどさぁ……それってぇのは憧れとは違うのか? アタイがお頭について行く理由と大差ねぇと思うんだがよ……」
「へ?」
好意と憧れ、尊敬と思慕、それは大差の無い事なのだろうか。似たような感情と言われればそうかも知れないが、それはノットイコールだと思う。とは言えど、尊敬が好意に変わる事はあると思うからにはそれは隣り合う物なのかもしれない。
他愛の無い世間話をしている内にも艦は次の至聖所へと近付きつつあった。微かに見える第五の至聖所を睨みつけながらケイさんがぼそりと呟く。
「この先に待つのは地獄か……」
「え?」
「いや、何でもねえ」




