第2話 SENSATIONL・EMOTIONAL・destruction(Ⅱ)
しん、と静まり返ったアルテミシアの甲板の上では、三人の視線が交錯していた。
まるで巨大な冷凍庫の中のように冷たい空気を纏った空間の中、銃口を突きつけられ命を失うかもしれない緊迫感が僕の身動きを封じる。あるいはグレイさんから放たれる鋭く冷たい眼光に気圧されているからだろうか。
額から吹き出す冷たい汗が重力に逆らうことなく地面へと滴り落ちていった。
「お前達は余計な事を知り過ぎている。我々の事は忘れろ……と言っても無駄だろう。だから、ここでお前達を排除する」
「まぁ、確かに俺達は色々と知ったかもしれねぇな。だけど、お前らの事を記事にするつもりはねぇ。これは本当だ、信じてくれ」
ケイさんが咄嗟に取り繕うが、それは火に油を注ぐようなものだった。
「我々を取材していたのに、その言葉を鵜呑みに出来ると思うのか?」
フォン、という音と共にケイさんの頬を掠めブラスター・ガンが火を噴いた。
「次は外さない」
その言葉に偽りは無いだろう。僕はその所作に第一の至聖所で初めて会った時のベルカさんの影を重ねてしまった。
あの時のベルカさんもわざと外していた。当てようと思えば狙い撃つ事も出来たはずなのに、だ。今思えば腑に落ちない事だが、そうせざるを得ない理由でもあったのだろうか。
それよりも、だ。
「グレイさん、もうやめて下さい! 僕は貴女に人殺しなんてさせたくありません!」
「……甘っちょろいな。ボスが気に入る訳だ」
「グレイさん……」
「だが、アタシはお前みたいな奴は好きになれない。お前から排除してやろう」
グレイさんの指は、僕に向けたブラスター・ガンの引鉄を今にも引こうとしている。
万事休す……か。
「俺が聞きたい事はただ一つ。惑星イードで何があったか、だ」
唐突なケイさんの声にグレイさんの動きが止まる。そんな名前の惑星があるなんて知らなかったけど、聞き覚えがあるような無いような……
「お前……何故その名を?」
「俺の故郷だ。その反応を見る限り、何か知ってんだろ?」
「知らん……と言いたいところだが、どうせ調べはついてるんだろう?」
「……まあな。こんな所で同郷の仲間と会えるなんざ思っちゃいなかったが。いや、仲間じゃねぇか」
それが意味する所は、僕にとっては想定外の事実だった。
ベルカさん達が並行世界の住人だという事は、彼女達もフェイやDOOMと面識があるかも知れない。しかし、今この場をどうにかして切り抜けなければそれを確認する手立てが無い。せめてグレイさんが銃を下ろしてくれれば……そう思った瞬間、突然ケイさんがグレイさんへと歩み寄っていった。
「イードでの出来事にベルカ・テウタが何らかの形で関与している事は分かっている。だが、あの時アイツが何をしたのか、誰があの惑星を殺したのか、俺はそれが知りたい。親父の研究室のメンバーだったエヴォルであるお前らなら……いや、お前は違うか」
「それ以上近付くな。撃つぞ」
「撃てるもんなら撃ってみな。俺の心臓はここだ!」
「クッ……」
再び放たれたブラスター・ガンはケイさんの右頬を掠めた。威嚇とはいえ、次は間違いなくケイさんの胸を貫くだろう。
「何度やっても無駄だ。ソイツは俺には当たらねぇし……お前には誰も殺せねぇ」
余裕とも思えるその一言にグレイさんの眉尻がピクリと上がる。しかし、その銃口の照準は依然としてぶれる事は無かった。
それにしてもケイさんの言った事には違和感を感じる。まかりなりにもグレイさんは海賊だ。『殺す』と言うのは方便だとしても、威嚇射撃くらいは容易に出来るだろうから『当たらない』と言うのは少し違う気がする。
実際撃ったし。
それにもかかわらず確信を持った言い方をしたのは何か確固たる理由があるのだろうか。
「アスト、ロボット三原則って知ってるか?」
「えっと……確か遥か昔からの言い伝えでありましたよね」
ロボットが従うべき三つの原則である、と学生時代に習ったけど……
「確か……自己防衛、人間への安全性、それと……」
「命令の服従、だ」
「それが今のこの状況と何の関係があるんですか?」
「大アリだ。グレイはアンドロイドなんだからな」
ケイさんの口から発せられた言葉に僕は一瞬思考が止まった。グレイさんの方に視線を向けると、彼女は観念したかのようにブラスター・ガンの銃口を下に向けていた。
アンドロイド、という事はジェフさんと同じという事か。確かに外見上は僕達人間と遜色無いけれど、ジェフさんのような人間味があまり感じられないのは僕の気のせいだろうか。
グレイさんもこれ以上こちらに危害を加える意思は無さそうだと判断し、僕はケイさんの許可を得て神器の力を解いた。
そして再び時が動き出し、アルヴィさんとリオさんがこちらに敵意を向ける。
「覚悟はいいか、アスト、ケイ! グレイ、やっちまいな……って、何やってんだ?」
茫然自失、といった具合のグレイさんを見たアルヴィさんは僕達と彼女の顔を交互に見ながら困惑していた。まあ、無理も無いだろうけど。
そんな中、リオさんは場の空気を察したらしく、アルヴィさんの肩をぽんぽんと叩くとグレイさんの元へと歩み寄っていった。
「バレてもうたんやな……コイツの素性を見破ったんはどっちや?」
僕は思わずケイさんへと視線をやる。
「……やっぱケイか。ウチが惚れた男だけあるわ。ほな、この艦の事もわかっとるんやな?」
「まあな」
「抜け目無い人やわ」
「観察眼が鋭いって言ってくれよ」
「ほざけ」
「せやけどアルヴィはん、ケイがウチらの仲間になってくれたら心強いと思わへんか?」
まだ諦めてなかったんだ。リオさんの熱い視線を涼しい顔で受け流しているが、実際のところケイさんはこの勧誘をどう受け取っているのだろう。
「お前の慰みもののためにこんなコソ泥を仲間になんざしたかねぇ。お頭もきっとそう言うに決まってらぁ」
素っ気ない態度で悪態をつくアルヴィさんに尚も食いすがるリオさんに対し、ケイさんも「だとさ」の一言で軽くいなしてしまい、寄る辺ないリオさんは僕にまで勧誘の魔の手を伸ばしてくる始末だった。
つい先程まで命のやり取りをしていた場所だというのに、そんな空気を一変させてしまったこのケイという人に俄然興味が湧いてきてしまった。機会があれば密着取材をしてみたいものだ。
「それにしても神器の守護者が人間だけじゃなくアンドロイドもなれるなんて知らなかったですよ」
「神器の守護者の有資格者は命ある者だけだ。アンドロイドであるグレイは神器の守護者じゃねえ」
前言撤回。ケイさんを密着取材しても無駄な気がしてきた。この人の事を知ろうとすればする程に新たな疑問が現れ、それこそキリがない。
この人は何をどこまで知っているんだろうか……




