第2話 SENSATIONL・EMOTIONAL・destruction(Ⅰ)
レイアさん達との通信はケイさんの手によって遮断されてしまった。しかし、それは実際にはケイさんのファインプレーだった。
僕達の背後からアルヴィさんを筆頭にリオさん、グレイさんの三人が僕達に向けて冷たく鋭い視線を投げ掛けていたのだ。
「テメェら……何をコソコソとしてやがんだ?」
アルヴィさんの低く怒気を孕む声に、心臓を鷲掴みにされたような錯覚に陥った僕の背中を冷たい汗が走り落ちる。
隣にいるケイさんも同じように戦々恐々している……かと思いきや、颯爽と振り返り何事もなかったかのように彼女達に近づいていった。
「別にコソコソなんざしてねぇよ。俺達ジャーナリストにゃ『報告義務』ってモンがあるから、それをやっていただけだ」
別に義務付けられている物ではないのだが、まぁ、確かにそう呼ばれる物があるにはあるし、先刻のレイアさんへの連絡も定時連絡的な意味合いもあったかもしれない。
実際には、僕の中で燻る煙で見えない真実を確かめたいがための行動だったのだが、結局のところ真実は未だ闇の向こう側だ。
見えない真実を探しているのは僕に限った事ではなく、彼女達もそうなのだろう。ケイさんの言葉も耳に入らないのか、アルヴィさんの苛立ちが目に見えて分かる。
「ギムだかガムだか知らねぇけど、アタイらになんの断りもなくそんな事をされちゃあたまったもんじゃねぇんだよ。お前らがアタイらの事を裏切らねぇとは限らねぇからな」
「ああ……なるほどな。ソイツは悪かった、そこまでは気が回らなかったぜ。ただ、こっちもアンタらの都合で動くわけにゃいかねぇんでな」
少し……いや、随分と大袈裟に肩をすくめ首を振ったケイさんのその所作は、アルヴィさんにとっては苛立ちを更に増幅させるものだったのだろう。
「何だと……?」
瞬く間に顔を紅潮させたアルヴィさんの怒りの度合いは押して測るまでもなく、と言うよりはケイさんの余計な一言が引鉄を引いたように思える。そしてそれは、恐らくそうなる事を見越しての行動だとしか思えないくらいに不自然な言動だった。
「俺達はジャーナリストだからな。これ以上、海賊稼業の片棒を担ぐ訳にゃいかなくなっちまったんだよ」
「詭弁ってぇんだろ、そう言うの。お前がこの艦の中をコソコソと嗅ぎ回ってるのを知らねぇとでも思ってたか? 人様の家ン中を探るなんざぁコソ泥と一緒だなぁ?」
「チッ、バレねぇ様にやってたつもりだったんだがな。エヴォル様にゃ通用しねぇってか」
エヴォル……その言葉が何を意味するのか解らなかったが、ケイさんを険しい目で睨みつけるアルヴィさん達の表情を見れば、それがあまり良くない報せである事だけは解る。
「そこまで調べが付いてんなら話は早ぇ。これ以上アタイらの邪魔をすんじゃねぇ!」
「ウチらの事を調べてどないするんや? アンタ……けっこーウチの好みやねんけど場合によっちゃ殺さなアカンねん。ウチの期待……裏切らんとってな?」
そう言うリオさんの両手にはブラスター・ガンがしっかりと握られていた。一丁はケイさんに、そしてもう一丁は僕に銃口が向けられている。
え、何故?
「えっと……ぼ、僕もケイさんの仲間認定なんですかね?」
「んー……まあ、そうなるだろうな」
「……ですよねぇ」
この艦に来てからというものの、ケイさんと二人でいる事がほとんどだったのだからそれも仕方ないのかもしれない。とは言え、誤解があるようなので正す必要がある。
「僕はケイさんとはここで初めて会ったんですから何の関係も無いですよ? だからその銃口を僕に向けるのは……」
「同罪」
「ですよねぇ……」
リオさんから冷たい視線を向けられたまま冷たい言葉を浴びてしまった。
甲板の上で三人の海賊と対峙する二人のジャーナリスト……とでも表現すれば多少の格好はつくかもしれないけど、無防備な僕らに対しブラスター・ガンの銃口を向けている光景はどう見ても処刑だ。
ルードの指輪の力を使えばこの場から逃れる事は……いや、地上遥か上空を航行しているこの海賊船から飛び降りる事なんて出来るわけがない。
待てよ。
彼女らの手から銃を奪い取ってしまえば助かるかもしれない。形勢逆転を狙うにはそれしか無い、僕はルードの指輪を呼び起こした。
────お呼びですか、マイマスター。
やっぱりその呼ばれ方には慣れないなぁ。また力を借りたいんだけど。
────了解しました。
時間の流れを止めればこっちのものだ。ブラスター・ガンを奪い取ってしまえば撃たれる心配は無い────筈だった。
「命乞いはしなくていいのか?」
グレイさんのその一言が僕を凍り付かせる。
「な、なんで……?」
神器の力は発動しているのに何故? またメンテナンスかとも思われたが、指輪とのコンタクトも取れたしアルヴィさんとリオさんはその動きを止めている。力が正常に発揮されている事は明白だ。
困惑する僕とは相反してケイさんはしたり顔で彼女達を見廻す。
「アスト……今、神器の力を使ったな?」
「え、ええ……でも何で……?」
「単純な答えだ。この艦そのものが神器だからだ」
「え? いや、ちょっと待って下さいよ! それなら昨日のアレは何だったんですか!?」
昨日、カレーを作った時に神器の力を借りた際には時間の流れを止める事が出来た。神器の守護者が神器の力の影響を受ける事がないのなら、あの時彼女達はルードの指輪の力の影響を受ける事なく動けた筈だ。
事実、神器を持つケイさんは僕の神器の影響を受ける事なく自由に行動していたが、彼女達の時は止まっていた。それが今、僕ら以外にグレイさんだけが神器の影響を受けないという事は……
「グレイさんが……神器の守護者……?」
昨日の時点ではまだそうじゃなかった。おそらく、ベルカさんの失踪事件がきっかけなのだろう。
神器に選ばれ守護者となる────それはある日突然、なんの前触れもなく訪れるものだ。僕がそうだった。
あの日、ミリューさんとパイに出会わなければ僕が神器の守護者になる事などなかった。その『出会い』が良くも悪くも僕の運命を変えてしまったのだが、僕はそれを受け入れた。
沈黙を保ったまま銃口をこちらに向けるグレイさんにとって、その『出会い』は何を意味するのだろうか。




