第1話 NORULE・MYRULE・whodunit(Ⅱ)
「エミリー。お前が言うからシン君を通して彼女達に協力を申し込んだが、本当に大丈夫なのか?」
「もっちろんです。センパイ達は誰よりも心配出来る……じゃなかった、信頼出来るジャーナリストですよー」
「お前今何つった? 言い間違いにしては酷過ぎるぞ? つーか、心配なのはアンタのほうよ。ちゃんと仕事してんの?」
「し、してますよぉ、失礼な」
「ほおぉぉー、いつからこのアタシに対してそんな口が利けるようになった? あぁん?」
先輩に対する礼儀をわきまえぬ後輩にはキチンと指導しておかねばなるまい。アタシはクソ生意気な後輩の両頬を掴んで引っ張った。おー、よく伸びる。
「いひゃい~! ひぇんふぁい、いひゃいれひゅ~!」
これでも手加減してやったのだ、ありがたく思いなさい。
それよりも『ノイド』だ。
「彼だけを戻したのは職務怠慢を諌めた訳じゃ無いんでしょう、課長さん?」
「流石は敏腕ジャーナリスト、と言ったところですか」
「美人、が抜けてるわよ」
自分で言わないとホントに誰も言ってくんないのよね。アタシの背後ではクリスとシンが呆れ顔をしているのは見なくても分かるし、後で殴ってやろうかとも思う。
「それは失礼した。貴女が知りたがっている『ノイド』ですが、自己証明を持たない者、と言う事はご存知ですね?」
「ええ」
問題はそこから先だ。自己証明を持たないという意味が全く分からないし、アイデンティティーの崩壊も甚だしい。アタシはちゃーんとここに存在してるっての。
「では『並行世界』という存在をどう捉えますか?」
並行世界とノイドはやはり密接な関係があったか。
「時間軸を同じくした別の世界……よね?」
「両方の世界には自分と同等の人物が存在している、という事も存じているかと思いますが、例外となる存在が『ノイド』です」
「例外?」
「ええ。両方の世界を通じても一人しか存在しない……つまり、一方の世界にその人物が存在した場合、もう一方の世界には本来存在すべき人物が存在しない事になります」
「ごめん、レイア。ワタシにはちょっと理解不能だわ」
背後のクリスは早々に白旗を振り、シンは何もかもを悟っているかのように賢者モードへと突入していた。いろんな意味で腹立つわ。
「アタシもあんま分かっちゃいないけどね。でも多分、こーゆー事なんじゃない? Aの世界とBの世界にはそれぞれ同じ自分がいるけど、ノイドって呼ばれる連中は片方の世界にしか存在しない……そーゆー事よね?」
「随分と乱暴な解釈ですが、概ね合っているかと思います。シン君、どうかね?」
賢者モードのシンは気だるそうに頷く。
「乱暴を通り越して破壊的だけど、まぁ、そういう事だよ。ノイドは本来、存在してはいけない。ノイドとはイレギュラーだからね」
イレギュラー……存在してはいけない存在、それがアタシでありシンもまたイレギュラーな存在……いや、シンは解る。コイツは並行世界から来たのだから。じゃあ、アタシは何? アタシも並行世界から来た? そんなバカな。アタシはこの世界で生まれ育ったレイア・ルシール、並行世界にはアタシと同じ存在がちゃんといる筈だ。
……いる……よね。
いや、どう考えても説明が付かない。アタシは一体何者なの……?
アタシ自身の事なのだからもっと真剣に考えないといけないのだが、時間というものは礼儀正しく待っていてはくれず、艦は第三の至聖所へとたどり着いてしまった。
現状報告にはブライアンとルミがやってきた。
「課長、ここはどうやら無事なようですがベルカ・テウタの姿は見当たりません。次へ向かいますか?」
第二の至聖所は見るも無惨な姿を晒していたが、第三の至聖所は群衆の信仰の対象としての威厳ある姿を保ったままでいた。
「ベルカはここには来なかった……?」
「まぁ、彼女の目的が分からない以上、ボク達は後手に回らざるを得ないね」
目的……そうか、ベルカの目的さえ分かれば先手を打てるかも知れない。そのためには────
「シン、アストにコンタクト取れる?」
「アスト君に?」
「ベルカと行動を共にしているのなら、何か掴んでるんじゃない?」
アイツだって向こうでカレーを作ってるだけじゃないだろう。アタシの相棒を名乗るのなら何かしらのネタを掴んでいて当然。じゃなきゃカフェ・オ・レ十杯じゃ済まさないからね。
「なるほど、姿をお見かけしないと思ったらベルカ・テウタと行動を共にしているのですか」
「あ、言ってなかったっけ?」
「いえ、話題には出ていたのかも知れませんが別段気に留める事でもないかと。ジャーナリストとしての仕事の一環なのだと認識しておりました」
存在感が無いのか影が薄いのか、まあどちらでも構わないけれど、アタシの相棒が仕事の出来るヤツだと認識されていたと解釈すれば鼻も高いというものだ。
そんな相棒はしっかりと働いてくれているだろうかという一抹の不安はあったが、どうやらそれも杞憂に終わりそうだった。
「レイア、アスト君と連絡が取れたよ。と言うより、向こうからコンタクトを取ってきたんだけどね」
「マジで? アイツも少しはジャーナリストとしての自覚が芽生えてきたのかしら?」
シンがモバイルからプロジェクター投影させると、画面いっぱいにアストの顔が映し出された。僅か一日足らずしか離れていないのに久しぶりに思えるのは何故だろうか。そして、アストの顔を見て安らぎを覚えるのも何故だろう。
「ちょ、アスト! 顔! 近いわよ!」
「あ、す、すいませんっ!」
慌てて顔を遠ざけるが今度は勢い余ってか離れ過ぎ、ピント合わせに四苦八苦する辺りまだまだ未熟者だと再認識してしまった。
アタシと対等の立場に立つにはちょび早いわね。それくらいチャチャッとやんなさい。
「んで、そっちはどうなの? ベルカはそこに居るんでしょ?」
「いえ、それがベルカさんはSTに乗って飛び出して行ってしまって、こちらも行方を追っているところなんですよ」
「はぁ!? アンタ今どこに居んのよ?」
「どこ……って、海賊船の中ですけど?」
「そーじゃなくって! んー……今アタシらは第三の至聖所に居て、これから第四の至聖所へ向かうんだけど、アンタ達はどこの至聖所に向かってんかって事を聞いてんの!」
たまに発動するアストの天然ボケも何だか懐かしく思えてしまうのは何故だろう。でも、それも何故か心が安らいでしまう。
アタシ……もしかして病気なのかしら?




