第2話 DESTINY・ONLY・knows(Ⅳ)
シンさんがクローンだった……その事に僕は少なからず動揺している。
僕達と同じ人間ではない、その事実は僕には少し受け容れ難いものがある。事実を捻じ曲げる事は出来ないけれど、シンさんと再会した時に今まで通り接する事が出来るのか、それが不安で仕方が無い自信も無い。
二人が所属していたパルティクラールというのも謎の存在だ。
先日見せてもらった写真に写っていたのがそのメンバーなのだろう。そして先程の通話の相手────ボナンザとケイさんは言っていたっけ────が、この写真に写っている誰なのかは分からないが、関係はあまり良好とは言い難い。
そのボナンザさんの占いはどうやら的中したのか、惑星ロキでの取材の最中にケイさんとシンさんは事件に巻き込まれた。しかし、ケイさんはその事件を『仕組まれた物』と認識しているらしい。
「クーデターは起こるべくして起きた物だったのでしょうか?」
「……さあな。今となっちゃあ、アレはただの偶然だったのかも知れねぇ。ただ、明確な悪意がそこには感じ取れた。それはDOOMの物でもあり、オールトの雲の物でもあり、フェイの物でもあり……パルティクラールの物でもあるように思えた」
「ちょっと待って下さい! パルティクラールってケイさんの仲間ですよね? それが何故……」
クーデターを起こしたのはDOOMであり、その影で糸を引いていたのがオールトの雲でありフェイだった。そこに名を連ねてはいけないパルティクラールが何故出てくるのか。
「俺とシンは並行世界から来た……つーか、パルティクラールのメンバー全員が並行世界から来た。J・D・Uを追ってな」
軽い眩暈を覚えそうだった。
「パルティクラールのメンバー全員って事はあの写真に写っていた全員って事ですよね。つまり……ロイス編集長も……」
「お前には全てを知る権利がある、って言ったよな。その理由を言おう。それは、お前が神器の守護者だからだ」
足がすくむ。
これは僕の勝手な思い込みなのかも知れないけど、世の中には知らなくてもいい事だってある筈だ。知ってしまって後悔する事もあると思う。だけど、ソレを知りたいと思うのはジャーナリストとしての性なのだろうか。
レイアさんだったら迷わずにソレを知ろうとするだろう。だけど僕は……ソレを躊躇う。
怖い……どうしようもなく怖いのだ。
全てを知る事に恐怖を感じる。出来る事ならこのまま回れ右をして帰りたい。だけどここはアルテミシアの甲板、遥か上空を飛行中のため逃げ道など何処にも無い。
腹を決めるしかなかった。本当は覚悟なんて少しも出来ていない。それでも……この歩みは止めちゃいけない、そんな気がした。
「神器の守護者の宿命なんですね、それが」
「ま、そう言うこった」
そう言って瓶ビールの蓋を勢い良く開けて一気に喉に流し込み立ち上がったケイさんは、甲板の手摺りに背を預け空を睨んだ。
「……ロクな事ぁねぇよな、神器の守護者なんて。関わりたくねぇ事にも嫌でも関わっちまう。まるでトラブル・メーカーだ。本当は解ってんだ……アイツを死なせちまったのは俺の責任だって事は」
「ケイさんの?」
「アイツは……シンは、神器の守護者である俺を庇って死んだ。神器の守護者ってのはそんなに大層なモンかねぇ? てめぇの生命を懸けてまで護る価値があるたァ俺には思えねぇ」
「……」
「それが原因……かどうかは分からねぇが、今の俺はアイツらとは袂を分かち独自に行動している。とは言っても俺がパルティクラールである事に変わりは無ぇがな」
そう語るケイさんの目は怒りを湛えているかのように見えたが、その声からは寂しさや哀しさも感じられた。
「僕も神器の守護者が特別な存在だとは思いません。護って護られて……人はお互いに助け合って生きていくべきだと思います。助けてばっかりや助けられてばっかりじゃお互いに借りを作ってばかりだし、借りたものはちゃんと返さないといけませんからね」
「フッ……ハハハッ! それがお前の考え方か。いや、それがお前らしいのかもな。なるほど、確かにな。借りたモンはキッチリ返す、か。借りっぱなしや貸しっぱなしじゃ互いに良い気はしねぇやな」
僕の考えは、ともすれば甘いのかも知れない。だけど、ケイさんはそれを肯定してくれた。それだけで僕は少し救われた気がした。
何より救われたと思えたのは、僕の言葉によってケイさんの目に優しさが戻った気がしたからだ。
やはり『言葉』は人の心を動かす事が出来る――僕は確信した。だからきっとベルカさんとも分かり合える筈なんだ。
アルテミシアは第三の至聖所に近付きつつあった。
ベルカさんに早く会わなければ取り返しのつかない事になる。
一刻も早く。
気が急いてしまって仕方が無い。
「何をソワソワしてんだ。残念ながらベルカは此処には居ねぇみたいだから次に行くぜ」
「次って……いや、それより何故ベルカさんが居ないって分かったんですか?」
「一目瞭然だ。お前も見てみろ」
促されて外を見てみると、そこはまた廃墟と化した至聖所……ではなく、綺麗な純白の外観を保ったままの至聖所があった。
争った形跡も無く、人々が至聖所を囲み祈りを捧げていたその様は最初の至聖所で見かけた光景だ。
人々……?
「あの、ケイさん。これって……」
「お前も気付いたか。ベルカ・テウタは闇雲に至聖所を破壊していた訳じゃねぇ。アイツが憎んでいるのは神でも人間でもなく……」
「クローン……ですね」
「アイツがクローンを激しく否定する何らかの理由があるんだろうが……ま、それは今あれこれ考えてもしょうがねぇ。それよりも、だ」
表情を険しくさせたケイさんが僕を睨みつけてくる。もしかしてまた僕は何かをやらかしてしまったのだろうか。自然と姿勢を正してしまう。
「な、何でしょう……か……?」
「お前らってさ……何しにこの惑星に来たんだ?」
「へ?」
そういえば話してなかったっけ。随分とドタバタしてしまって話す機会を失ったままだったかも知れない。
丁度良い機会だし、僕達がここに来た理由をケイさんに話す事にした。
「聖櫃の取材? なんだそりゃ?」
「ロイス編集長の命令ですよ。それにミスターからのタレこみもありましたし……」
「ミスターって……アイツがか?」
大きく目を見開いたケイさんは、懐から一枚の写真を取り出した。それは以前見せて貰ったパルティクラールのメンバーが写った写真だった。
「ミスターを御存知なんですね……」
「……この写真には写ってねぇが、パルティクラールにはあと二人メンバーがいる。その内の一人がミスターだ」
薄々感づいていた。
編集長やシンさんがパルティクラールのメンバーなら有り得ない話では無い。しかし、残るもう一人には皆目見当もつかないが、ケイさんは当然知っているのだろう。
「残りの一人とは……?」
「ロイスさんもボナンザもシンも、つーか、俺以外は誰もそいつがパルティクラールのメンバーである事は知らねぇ。だから、こればっかりはお前でも教える訳にはいかねぇな」
「そうですか……」
残念な思いはあるが、知らなくてもいい情報なのかも知れないと無理矢理自分自身に言い聞かせる。
「ま、アイツは神出鬼没なヤツだし、傭兵稼業の方が気楽なんだろう」
「傭兵……ですか?」
「本人はそう言っている。ところでミスターのタレこみってのは何だ?」
「聖櫃の取材っていうのは僕達にとっては実はどうでもいい事だったんですけどね」
「どうでもいい事だと?」
「ええ。僕達の本来の取材対象は『永久心臓』なんです。ミスターの情報によると聖櫃の中に『永久心臓』が納められているという事だったので、この惑星ヤハウェに来たんですよ」
「やっぱりそうだったか……」
途端にケイさんの表情が険しくなった。
永久心臓という言葉にここまで過剰に反応するなんて……やっぱり永久心臓という物には何か重大な秘密があるのかも知れない。
「ケイさんは『永久心臓』の事を何か御存知なんですか?」
「……いや。お前らが掴んでるネタと同程度の知識しか持ってねぇよ」
その言葉を真に受けるほど僕は馬鹿ではない。ケイさんは『永久心臓』の事を知っている。だけど、今は馬鹿のフリをしておこう。
ほんの一瞬だけケイさんは何故か寂しげな表情を見せたが、次の瞬間には平静を取り戻すと、僕に向かって軽く手を振り「ちょっくら調べモンしてくらぁ」と言って、そのまま艦内へと続く階段を降りていった。
誰もいない今がチャンスかも知れない。僕はモバイルを取り出し画面をタップした。




