第2話 DESTINY・ONLY・knows(Ⅲ)
闇夜のはずの上空に影が走った。おそらくそれは単に僕の錯覚なのだろうけど、何とも形容しがたい嫌な感じだった。
ねっとりと纏わり付くような空気感、とでも言えばいいのか、全身の毛が総毛立つような感じだったが、それは恐怖から来るものでは無く、むしろ予感めいたものだった。
「ボナンザ、今更連絡を寄こすとは大それた事をしてくれるもんだな。てめぇ……どの面下げて俺に連絡してきやがる?」
プロジェクター投影をしていないから相手の声を聞き取る事は出来ないが、どうやらケイさんにとっては不祥の輩である事が見て取れた。
「……あん? 俺に……? ふざけんな。てめぇはいつもそうだ。あの時だっててめぇの下らねぇ占いのせいでシンがどうなったか忘れた訳じゃねぇだろうな? 俺はそんなモン信じねぇからな。俺の運命は俺のモンだ。てめぇに左右されてたまるか!」
ケイさんが悪態をつく姿を初めて目の当たりにし、この人は怒らせてはいけないと心底思った。普段怒らない人が本気で怒るとこんなにも圧倒されるのか……
それよりも聞き流せない言葉が聞こえた。シンさんの身に何かあったのだろうか?
「俺はもう『パルティクラール』を抜けた身だ。お前達とは何の関係もねぇ。今更仲間ヅラされても迷惑なんだよっ!」
舌を鳴らしたケイさんはモバイルの電源を乱暴に切ってポケットにねじ込むと、甲板に座り込み深いため息をついた。話しかけようにもとてもそんな雰囲気ではなく、ケイさんの全身から『近寄るなオーラ』が放たれているのが分かる。
アルヴィさん達もベルカさんを追うため自分達の役割を果たしている。僕に手伝える事など無い。
僕は大人しく自室に戻ろうとした。
「……どこへ行くんだ?」
呼び止められてしまった……
眉間に皺を寄せ、ナイフよりも鋭い視線を研ぎ澄ませているケイさんになんて声を掛ければいいのやら。でも、ここで聞こえないフリをしてしまっては視線のナイフが僕の全身いたる所に深々と突き刺さるに違いない。てゆーか、近寄るなオーラをしまって欲しい……
「自室に戻ろうかなぁー、と思ったんですけど……」
「けど……?」
聞き返さないで貰いたい。
そういえば聞き慣れない言葉がいくつか出てきたので、それについて訊ねてみる事にした。
「やっぱりさっきのが気になったので……」
「さっきの……? あぁ、あの通信の事か」
「はい。シンさんがどうのとか、ぱ、ぱるてくらーれ? でしたっけ?」
「パルティクラール、な。昨日言ったろうが。ジャーナリストなら一発で覚えろよ?」
「あ……すいません」
パルティクラール……その言葉が意味するのは確か『特別』だとかそんな感じだったと思う。
「シンとは何度か取材を共にしたってのは言ったよな。俺達がコンビを組んだ最後の取材地は惑星ロキだ」
「ロキって……!」
「お前も行った事があるんだったな。俺達が行ったのはあの惑星でクーデターが起きた頃だ。取材に行ったはいいが、こいつがとんだ貧乏クジだったのさ」
「貧乏クジ?」
「ああ。そこで俺は片脚を失う事になった。右は義足だ。そしてシンは……生命を失った」
「え? シンさんは生きてますよ?」
随分とおかしな事を言う。
生命を失ったという事は死んだという事だ。だけど僕はつい先日までシンさんと行動を共にしていた。この惑星にだって一緒に来たのだ。それが生命を失ったと言われて「え? マジっすか!」などとはとても言えない。
レイアさんやクリスさんもそうだが、あのシンさんがそう簡単に死ぬとは思えない。
「そう思うのも解るが、これは事実だ」
そう言ってケイさんは自らの右脚を取り外して見せてくれた。確かにその言葉通り、彼の脚は精巧に作られた義足だった。
「じゃ、じゃあ今居るシンさんは誰なんですか!?」
「今のシンはお前が良く知ってるシンだ。俺は知らねぇがな」
言っている事が全く理解出来ないが、ケイさんの目が嘘を言う目ではない事は分かる。分かるのだけれど何をどうすればこうなるのか全く理解出来ない。
いや、待てよ。
確か並行世界がどうのと言っていた。という事は今居るシンさんは並行世界の住人なのではないだろうか。こう考えれば辻褄が合う。
果たして答えは『NO』だった。
「その考えは面白ぇが、並行世界の人間とこちらの世界の人間が共存する事は有り得ねぇ。今のアイツはナノ・クローンだ」
「ナノ……クローン……?」
クローンと言えば惑星ロキで嫌という程見てきたが、あれはどちらかと言えば『生ける屍』と言う表現の方が正しい気がする。いや、あれはホムンクルスだったっけ。未だにクローンとホムンクルスの違いがよく解らない……
DOOMの居城にはクローンを精製する研究施設のような物があった。そして、そこにはフェイの姿もあった。
「シンさんはロキで生命を失ったって言いましたけど、クローンである今のシンさんはどこで……?」
造られた、とは言いたくない。僕にとってシンさんはたとえクローンであろうともシンさんに違いは無い。だけど、確かめなくてはならない。それを知る事で点と点が繋がり、一本の線になるはずだ。
「オールトの雲についてキナ臭い噂を嗅ぎつけた俺達は、取材と称して奴らの情報を入手するために潜入を試みた。だが、そこにタイミング良くクーデターが起きた。何か作為的な物を感じたがな」
「キナ臭い噂?」
「クローン技術の悪用だ。奴らはクローンを大量精製し、巨大な軍隊の編成を目論んでいた。その研究の被検体を得るために辺境にある惑星ロキを選んだ」
「人類再生計画……」
「人間をホムンクルスに変え、ホムンクルスの細胞を培養しクローンを生み出す……それが永遠の命を得る方法だなんて馬鹿げた話だ。その実態は従順な兵隊を造り出すためだけにあの惑星に住む人達の生命を奪った大量虐殺行為だ」
「惑星ロキでクローンは精製されていた……それはつまり、シンさんは……」
「そう考えるのが妥当だろう」
シンさんは惑星ロキで生命を落とし、そして惑星ロキでクローンとなった。しかし、幸いな事にシンさんはオールトの雲の尖兵となる事は無く、パルティクラールのメンバーとして今も活動している。それが何故なのかは分からないが。
「クローン精製の技術をこちらの世界に持ち込んだのはDOOMだろう。そして、それに目を付けたのがJ・D・Uだというのがパルティクラールの見解だ」
何が何だか解らなくなってしまった僕は、一旦冷静になって考えをまとめてみる事にした。




