第2話 DESTINY・ONLY・knows(Ⅱ)
それは静かな呟きだったが、確かに怒気を孕んでいた。
「お頭が間違っている、だと? じゃあてめぇの言う事が全部正しいってのか? あぁ!?」
「そうは言ってませんけど……」
「言ってんだよ!」
冷静でいられなくなり感情が爆発したのか、アルヴィさんは拳を振り上げ僕に殴り掛かって来るが、間一髪の所でリオさんとグレイさんが羽交い締めにして止めてくれた。
「離せ、離せぇっ! コイツを一発ぶん殴らなきゃ気が済まねぇ」
「アルヴィはん、落ち着きなはれ。アンタがコイツを殴ったかてなんも解決せぇへん。それに……今のコイツには殴る価値もあらへん」
リオさんに同調するかのようにグレイさんもその隣でゆっくりと深く頷いていた。やっぱり僕達は相容れないのだろうか。
「僕は……自分が正しいと思った事を信じたいだけです。それと、話し合う事で分かり合えるならそうしたいだけです」
「だったら聞くが、てめぇの言う『正しい』ってなぁ何を以て『正しい』ってんだ? てめぇの言う『正義』ってなぁどれだけ御大層な大義名分なんだ? ああ? 言ってみろ!」
冷静でなかったのは僕の方だった。アルヴィさん達の言葉が深々と胸に突き刺さり、思わず目を逸らしてしまった。
「ウチはアンタの事、ちょこっとは買っとったんやで? アンタは良い目をしとった。けど……今のアンタの目ぇは澱んどる。ウチらの船長の事、なんも知らんでよぉそんな事言えるわ。ウチらはアホやからあの人の考える事はよう解らん。けど、あの人は間違った事は絶対にせえへん!」
いや、大丈夫。僕は間違っていない。彼女達は完全にベルカさんの信奉者だ。矛盾しか感じられない。けれど、強い意志の様な物がひしひしと伝わってくるのは何故だろう。
「だったら何でベルカさんはあの至聖所を破壊したんですか!? 何で罪も無い人達を殺めたりしたんですか!?」
「そんなん……ウチらに解る訳ないやん。そやけどあの人は、船長は理由も無くそんな事絶対にせぇへんっ!」
震える声で叫ぶリオさんの両目から雫が線を引いた。人を信じる、という事はこういう事なのかも知れない。僕は信じるという事をどこか軽く考えて発言していたのだろうか。
彼女達の互いを思う強い気持ちは本物なのだろうが、宇宙海賊の言葉をそう簡単に信じていいのか。だけど、彼女達も宇宙海賊である前に一人の人間、それも子供の頃から苦楽を共にしてきたのだ。
やっぱり彼女達が正義……?
ならば、僕は一体……?
「てめぇはそうやって上辺だけを切り取って全てを理解したつもりでいるんだよ。ご立派なおためごかしで茶を濁すのがジャーナリストってヤツなのかよ!?」
違う。
僕はやっぱり間違っていた。
僕が目指すジャーナリストはそんなものじゃない。
僕が志すジャーナリズムというものは正義や悪を決め付ける事じゃなく、ただそこにある真実を伝える事だ。
「僕は何が起こったのかを知りたい。そして、真実を伝えたい。僕が正しいとか間違っているとかそんな事はどうだっていい。何が正しくて何が間違っているのか、何が正義なのか、何が悪なのか、それを知りたい、それを伝えたい。だから僕は……あなた達に正式に取材を申込みます!」
「はあ?」
呆気に取られた取られたアルヴィさん達を見て何事かと思ったが、苦笑するケイさんの姿を見て、僕は何かをやらかしてしまった事に気付いた。
「あの、僕、何か変な事言いました?」
「何でこの流れでそーゆー事言うかねぇ……お前は大物なのかホンモノのバカなのか。取り敢えずこれだけは言っとくぞ? 正しい事が正義とは限らねぇんだよ、世の中ってヤツは。お前の中にある正義が絶対じゃねえ。だが、それは間違った事でもねぇ」
解るような解らないような説明に僕の頭上では幾つものクエスチョンマークがふわふわと揺れているだろう。
「正義だ悪だと決めつけるのは危険な事だが、俺は必要なコンテンツだと思う。だが、それはお前だけに与えられた権利じゃねえ。俺にもアルヴィにもリオにもグレイにも、そして、ベルカにも……全ての人間に平等に与えられている。ま、その結果、互いが互いの正義を振りかざすモンだから衝突は起きる。今のお前らみてぇにな」
僕が信じる道とアルヴィさん達が信じる道は違う。だけど、その道を歩き出すための最初の一歩はきっと同じ思いで踏み出したに違いない。
いつかはお互いの道が交わる時が来るかも知れない。その時が来る事を信じて……僕は僕の前に延びているこの道を歩いていこう。この道の先がどうなろうと……歩みは決して止めない。
それが運命に抗う事になったとしても。
取材の申込みは先延ばしになってしまったものの、僕自身としての収穫は決して小さな物では無かったように思えた。
僕は自分が信じた物がイコール正しい物だとどこかで思っていた。
でもそれは違うのだ。
僕の中にある正義はあくまでも僕だけの物であり、他の誰かの物じゃない。
今思うと、僕はなんて恥ずかしい奴だったのだろう。穴があったらなんとやら、だ。
敢え無く玉砕したが、せめてこれだけは聞き入れて貰おう。
「アルヴィさん。一つお願いがあります」
「……な、何だよ?」
何やら警戒されているようだけど、そんな事を気にしているようでは先には進めない。
「僕を……力一杯ぶん殴って下さい」
「お前……ドMか?」
「茶化さないで下さいよ」
呆れ口調で言われたけれど、それは想定の範囲内。僕は目を逸らすことなく真っ直ぐにアルヴィさんの目を見つめた。
霞掛かった空の上で煌めく星達の頼りない光が僕に勇気を与えてくれる……そんな気さえした。
「……フン。今のお前ならぶん殴る価値がある。チワ公なんて言って悪かったな、アスト。歯ぁ食いしばれよ?」
「はいっ!」
「よし! グレイ。一発ブチかましてやってくれ」
「へ?」
「任せろ」
アルヴィさんの背後からずいっと現れたグレイさんが指をバキボキと鳴らす。
それは想定外だった……
意識が吹き飛ぶかと思うくらいに強烈な一撃だったけど、不思議と悪い気分はしなかった。
アルヴィさんの言う通り、僕はドMなのかも知れない……
そんな僕を見るケイさんは殴りつけたくなる程に晴れやかな満面の笑みを浮かべていた。
「うっひゃっひゃ、こりゃまた派手にやられたもんだなぁ、おい」
「なんで笑ってるんですかぁ……」
「お前が望んだ結果、だろ? 俺に逆恨みすんのは筋違いだ」
僕の希望とは少し、いや、かなり違う、と言いかけた時、ケイさんのモバイルに着信が入った。
「……ボナンザ……何だよ今更……」
モバイルの画面を憎々しげに見つめるケイさんは、吐き捨てるようにそう言って空を仰いだ。




