第2話 DESTINY・ONLY・knows(Ⅰ)
運命とは時に残酷なものだ。
全てが自分の思い通りになるなんて思ってはいない。だけど、少しくらいなら自分が望む結果を欲しても罰は当たらないのではないかとも思う。
少しくらいなら……でも、それは儚い希望に過ぎないのかも知れない。
抗う事も許されない運命……今の僕はその渦に巻き込まれているのだろうか、なんて思うのは少し格好つけ過ぎかな。
僕達は失踪してしまったベルカさんの後を追うべく、第四の至聖所へと向かっている。彼女を一番良く知るアルヴィさん達を信じるしかない。何としてでも先回りして、ベルカさんにこれ以上の蛮行を繰り返させてはいけない。
「お頭ぁ……どうか変な気だけは起こさねぇで下せぇよぉ……」
アルヴィさんのその言葉だけで僕達が動くには十分過ぎる理由がある。ベルカさんに『惑星殺し』をさせる訳にはいかない。そんな事をされてしまっては、レイアさん達に二度と会えなくなってしまうし、よしんば会えたとしても『あの世で』という枕詞が付く事になるだろう。
レイアさん達は今頃どうしているのだろう。もう会えなくなるかもと思ってこの艦に乗り込んだけど、今更になってまだこんな事を考えている様では、やっぱり覚悟が足りなかったのかも知れない。
レイアさん達に……会いたい。そのために今は何としてでもベルカさんを追わなければならない。そして、ベルカさんとレイアさんの関係性をハッキリとしなければならない。
「ケイさん。さっきの話ですけど、やっぱり僕にはレイアさんが『惑星殺し』だとは思えません」
「あー、はいはい、わぁってるって」
「ちょ……真面目に聞いて下さいよ!」
「真面目に聞いてるぜ? だがな、お前がどう言おうが俺の考えはそう簡単には変わらねぇ」
「う……」
確かにそれはそうだ。僕ごときの説得がそうも容易く人の気持ちを動かせるハズが無い。
「けど……お前はお前の考えを押し通せばいい。俺はそういうの、嫌いじゃねえぜ。ナントカの一念、岩をも通すってヤツだ。一直線に突き進むバカは無条件に応援したくなるもんさ」
褒められているのか貶されているのかよく分からないけど、笑顔で言うのだから反論の余地は無い。なら、僕は僕の意地を通すまでだ。
ベルカさんが惑星殺しだと言う事は一旦横に置いておこう。
そう言えば、アルヴィさん達とベルカさんはいつ頃出会ったのだろうか。もしかしたらアルヴィさん達はベルカさんの過去を知っているのかも知れない。そう思って聞き出そうとしたものの、アルヴィさん達はベルカさんの足取りを追うために慌ただしく動き回っているためにとても話しかけられるような雰囲気では無い。だけど、どうしても確認しておきたい。
知りたいという欲求は時に様々な可能性を探り出すもので、もしかしたらケイさんが何かを聞いているかも知れないという突拍子もない結論を導き出した。
ダメ元で聞いてみたらこれが意外と当たりだった。
「アイツらは子供の頃からずっと一緒に過ごしてきたそうだ。アイツらが生まれ育った惑星は戦禍の絶えない、誇張する訳でもなく、言葉通り地獄の日々を過ごしていたそうだ。食べる物も着る服もままならず、住む家も場所も無く、いつのたれ死んでもおかしくない状況だったらしいぜ」
人が人としての生活基盤を築くためには最低限、衣食住は保障されて然るべきものだと思う。てゆーか、それが当たり前の事だと思っていた。でも……ベルカさんやアルヴィさん達はそうじゃなかった。
当たり前にある物が無い、常に死神の鎌を喉元に突きつけられている様な環境を生き抜いてきたんだ。簡単に想像出来ても実際にその環境に身を置いたなら……僕なら生きていける自身は無い。身の安全の保障など何処にも無い。
改めて僕は彼女達の強さに感服した。それはただ『生きる』という信念を貫いてきたからなのだろう。強くなければ生き残れない。
強さと言うものは人によって意味合いが違ってくるだろうが、彼女達はただ『生きる』ために誰にも負けないくらいの強さを身につけたのだ。それが『宇宙海賊』という手段だったというだけ。
僕には到底真似の出来ない事だ。
だけど……
生きる事は必ずしも正義ではない、それは僕の頭でも何となく理解出来た。それでも……何が間違っている気がする。
間違っているのは……僕の方なのか?
至聖所へと舵を取るアルテミシアのデッキに立ち、冷たい風を受けた僕はオーバーヒート気味の頭を冷やす。
今は余計な事を考えるな、と自分に言い聞かせようとするが、風の恩恵も虚しく嫌でもあれやこれやと考えてしまう。
「まーだゴチャゴチャ考えてんのか?」
「ケイさん……」
「下手の考え休むに似たり、だ。あれこれ考えたって答えなんざ出て来やしねぇよ」
「正直言って……僕には何が正しいのか分かりません。今までずっと考えてきましたけど……正義って一体何なんですか?」
僕達ジャーナリストは常に正確な情報を得る事が重要視されている。誤報などあってはならない。ましてや悪に加担するような報道など論外だ。
善悪の判断くらいは僕もわきまえているつもりだ。だけど……悪であるはずの宇宙海賊である彼女達を見ていたらそれも段々と怪しくなってきた。
「お前が言うソレは哲学的な何かか? だったら俺には分からねぇ。だけど、そうじゃねぇってんなら……ソレはお前自身が決める事だ」
「僕自身が……?」
「正義だとか悪だとか、正しいとか間違ってるとか、そんなモンは千差万別だ。お前の中にも信念ってヤツがあんだろ? ソイツがお前の信じた正義だ。誰の為でもねぇ、自分自身の為の正義ってモンを貫き通せ」
僕が信じる正義……僕の中の信念……それはジャーナリストとしての矜恃。
僕がジャーナリストを志したきっかけは、子供の頃に目にしたロイス編集長が発表したある記事だった。今でもはっきりと覚えている。
その記事は、とある惑星で起こった紛争の凄惨さと、そこに残された小さな希望についてのロイス編集長の独自の見解だった。
その記事を読んだ時は頭のてっぺんから足の爪先までを電流が駆け抜けたような感覚に襲われた。
『この世界はパンドラの箱の様なものだ。たった一度でも開けられてしまえばありとあらゆる災厄が降り注いでしまう。だが我々は忘れてはならない。パンドラの箱には最後に希望が残っている、という事を』
この言葉は、おそらく一生忘れられない言葉だ。
編集長がどんな現場を取材したのかは分からないが、絶望的な世界を目の当たりにしながらも希望を見つけた、希望は必ずある、そう思った当時の僕がジャーナリストを志したのはある意味必然だったのかも知れない。
「で、お前はベルカのやってる事は間違ってる、悪だ、って言い切れるか?」
答えに窮する質問だ。ケイさんは意外と意地悪なのかも知れない。その証拠に口元がニヤついている。だけど嫌な気分じゃない。その仕草はどこか編集長の面影を匂わせた。
「悪……だとは思えません。かと言って正義だと言い切れるかと言えば……そうとも言えません。何かが間違っている、それが僕の見解です」
「……なるほどな。だが、それをアイツらが聞いたら何と言うだろうな?」
そう言って後方を親指で指したケイさんの背中越しにアルヴィさん達の姿が見えた。
彼女達が何と言うか、それは想像するに難くない。
さっきのケイさんの言葉が示すように、十人いれば十通りの意見があるのだから僕の見解に異を唱えるだろう。
「……レイアさんは自分の見た物しか信じないって人だけど、僕は自分を、そして、人を信じてみようと思います」
「あん?」
「僕は編集長の言葉に感銘を受けてジャーナリストになりました。言葉って人の気持ちを動かす事が出来るんです。だからきっとベルカさんやアルヴィさん達も話せばきっと分かって……」
「甘ぇな。お前が自分自身を信じるって言うんなら、アイツらだってそうだ。互いのエゴがぶつかり合って仕舞いだ」
「だけど間違いは正さなきゃ……」
失言だった。いや、声のボリュームが大き過ぎたのか。
僕の不用意な一言でアルヴィさん達はその動きを止めてしまった。そして三人はケイさんを押し退け、僕を取り囲む。言わずもがな三人の目は敵意を剥き出しにしている。
下から覗き込むように僕を睨みつけてきたアルヴィさんが僕の胸ぐらを掴み、普段より1オクターブも2オクターブも低い声でゆっくりと言った。
「おい、チワ公。てめぇ今……何て言った?」




