第1話 Arc NO MAD(Ⅱ)
到着早々、散々な目に遭ったわ……
誰もいない中、至聖所に向かって土下座なんて罰ゲーム以外の何物でもない。おまけにきっちり録画されてるし……
「帰ったら編集長に見せようか?」
先程の腹いせのつもりか、動画を見せつけてくる牛乳瓶の底メガネの口元は底意地が悪そうにニヤついていた。
「べ、別に編集長なんかに見られたって……どうって事……無いわよ……いや、やっぱ嘘! ヤダ! ごめんなさいっ!」
前回の取材から半年が経つのだが、たった半年でこうも見事に運気は下がる物なのだろうか。特異点の恩恵ってモンは無いワケ……あ、もしかして厄年とか。今年26歳だもんなぁ……
「ねぇ、アタシって厄年? なんでこんな目に遭うの?」
「アンタが厄年ならワタシも厄年なんだけど? それに、次の女の厄年は33歳。あと、アンタの場合は日頃の行いの悪さ……てゆーか、ただの冒涜よ」
「冒涜……? ハッ! 相手は死人よ? 今を生きてる訳じゃないのにエラそうにしてさ。砂時計の砂はとっくに落ち切ってるってのに、そんな影響力を持つなんて反則よ!」
存在意義とは今を生きている者にこそ与えられるべきなのだ。もちろん彼等が存命の頃ならば、大いに自己の主張なり人心の掌握なり迷惑をかけない程度にお好きにやっていただければいいと思う。
……アタシもそのつもりだし。
アタシは『死』という存在を美化する風習に疑問を覚える。誰にでも平等に訪れるモノに無意味に着飾らせる必要性を感じないのだ。もちろん、アタシの言葉を否定する御仁もいらっしゃる事だろう。それはそれで良いと思う。あの人が、フレイア様がそう言っていたように……
彼女の考えを否定するつもりなど毛頭無いけれど、諸手を挙げて賛同するつもりも無い。なぜなら、それに対する答えが明確ではないからだ。考え方は人それぞれあって然るべきなのだ。仮に100人が100人とも同じ考えだったとしたら、つまらない過程を経て、つまらない結果を生み出すだろう。
アタシはアタシ……特異点だろうが何だろうが関係ない。砂時計の最後の一粒が落ちるその時までアタシでいたいと思う。
至聖所に入るためには専用パスが必要なのだが、当然アタシ達はジャーナリストパスを所持しているのでスルッと中へと入れた。
至聖所の中は厳かな雰囲気が漂い、重苦しい空気が体中にまとわりつくような錯覚に陥る。それだけ神聖な場所という事か。アタシには不釣り合いな場所だ。
「ここに聖櫃があるのね。つーか、それって見せて貰えんの?」
「一応、聖櫃の管理責任者に話は通っているハズなんだけど……」
「お待ちしておりました」
クリスの言葉を遮り唐突に現れたのは、襟足で切りそろえられた淡いピンクのショートカットがよく似合い、その髪色と同じく淡いピンクのサープリスを羽織った、どう見ても10歳くらいの少女だった。ちょっとつり目なのが可愛いじゃないの。
「ロイス・ジャーナルの皆様ですね。どうぞこちらへ」
少女に案内されるがままに最奥の部屋へと進んでいくのだが……まさかこの少女が管理責任者だなんて事はないわよね。
……そのまさかだった。
こんな年端もいかない少女がこの至聖所の管理責任者だなんて誰が想像できただろうか。せめてミリューくらいの年齢ならまだ分かるんだけど、これはさすがに想像の斜め上を行ったわ……
「本当に君が至聖所の管理責任者なのかい?」
シンもにわかには信じられない様子で少女に問いかける。
「私が管理責任者ではご不満ですか?」
クルッと振り返り、少女がアタシ達の方へと向き直る。なんだ、この威圧感は……
「申し遅れました。私はこの至聖所の管理責任者、レビと申します。ここから先は神聖なる場、私語はお慎み下さい」
少女とは思えない貫禄に気圧されたアタシ達は、その言葉に素直に従う。静寂に包まれた廊下には規則正しい足音だけが響きわたった。
白い廊下を進んだ先には一際大きく荘厳な観音開きの白い扉があり、左右の扉に一匹ずつ、鳥の翼らしきものが生えた蛇のハイレリーフが彫り込まれていた。
木の擦れる音とともに開かれた扉の先にはいくつものバックライトに照らされた台座が部屋の中央に鎮座していた。その台座の上には、黄金の輝きを強烈に放つ重厚そうな棺桶があり、文字通り後光が差しているように見える。
「レビ……さん。お話を伺っても大丈夫かしら?」
彼女の耳元に顔を寄せ、限りなく小さな声で話しかける。
「分かりました。皆様はそのためにいらしたのですからね。特別に許可致します」
やっぱり許可が必要だった。さて、それじゃお仕事開始といきますかっ。
「それでは……このかんお……じゃなかった、聖櫃の中には一体何が納められているのでしょうか?」
『棺桶』と言いかけた所で3人の視線を素早くキャッチし、事なきを得たのは内緒だ。
「その『至聖所観光案内ブック』にも書かれていますが、聖人様の不朽体、聖骸布、聖典などが納められております」
アタシの問いに対して、業務報告さながらの答えを返してくる。どうやら一筋縄ではいきそうにないわね。
「では、その聖人とは誰なのでしょうか?」
その質問に対しても業務報告の返答だった。
「その聖人様は今となっては既に名前も失われておりますが、遥か遠い惑星に降誕なされた『人類の祖』と伝えられております」
人類の祖とはまた大きく来たわね……しかし、そうなるとあの話も現実味を帯びてくるかもしれない。
「アタシ達が得た情報によると……なのですが、この聖人こそが永久心臓の始祖だと言われているそうですが、それは本当なのでしょうか?」
「それをどこで!?」
今までになく声を張り上げるレビが、アタシの顔を見上げ血相を変える。やはりミスターの情報は正しかったようだ。




