第1話 DRAGON・KNOWS・The world's(Ⅳ)
目の前にいるシンはアタシ達の知るシンだが、美形双子姉弟の知るシンでは無い。
まるで意味が通らないが、考えられる事はクローンであるだとか、あるいは比喩表現的な事で身体の一部を機械化しているからだとか、そういった事を言っているのではないだろうか。
ただ、それならばパイちゃんの態度が腑に落ちない。そして、リック課長の反応も無視出来ない。
パイちゃんはともかく、何故アンドロメダ銀河役所の課長が過敏に反応を示すのか理解に苦しむ。
理解に苦しんでいるのはクリスも同様で、アタシに耳打ちしてきた。
「ねぇ、レイア。コイツは何を言ってるワケ? シンはシン……よね?」
同じ事を思った。だが、それは謎の答えにはなっていない。今ここにいるシンはロキで起こったクーデターの時にいたシンとは違う、別人と考えるならばどうだろう。
別人……となると、やはりクローンなのだろうか。ミリューの兄であるアインも自らのクローンを精製していたのだから、その技術は当然あったのだろう。
アタシの目の前にいるシンは本物のシンなのかクローンなのか確かめてみる必要がありそうだが、それを確かめたとしてどうなるのだろう。コイツがクローンだったとして、アタシ達はそれをすんなりと受け入れられるのだろうか。
「今ここにいるボクはシンジロウ・ゴウトクジ本人だ。だが、ケイトとタケルが知っている『僕』は僕であってボクではない」
「うん、ごめん、ちょっと言ってる意味が解んないんだけど……」
「ふむ、どこから話そうか……あぁ、そうだ。並行世界っていう言葉を聞いた事はあるかい、クリス?」
「は? ヘイコウセカイ?」
「この世界と同じ物質、同じ質量を持ちながらも全く別の時間を刻む世界……次元を超えた先にある世界だよ」
「はぁ……んで、それが何なの?」
理解出来たのか理解する事を放棄したのか、まぁ、この気の抜けた生返事では放棄したのだろうけど。
「惑星ロキに行った『僕』とケイは並行世界から来たんだ……DOOMを追ってね」
「DOOMを追って?」
「ちょい待ち、シン! DOOMを追ってって事は、もしかして……」
「その通り。DOOMも並行世界からこっちの世界に来たんだよ」
次元を超えるなんてどんだけ高度な科学力を持ってのよ。いや、むしろそれだけ高度な技術を持ち得ているからこそあの人工太陽を造りだせたのか。なんつーヤツにアタシ達は喧嘩を売ったんだか……ま、アスト達の神器のおかげだろうけど。
「つまり、何かしらの事情があってケイとアンタ……正確にはアンタじゃないんだろうけど、とにかくアンタ達はDOOMを追って次元を超えてこの世界にやって来た。そして、事件に巻き込まれ離れ離れになった、そこまではいいわ。で、何でアンタはケイト達が知らないアンタなの?」
目の前のシンがクローンであるにしたって、今の話の内容ではオリジナルがどこかにいても不思議ではない。オリジナル・シンはどこにいるのだろう。
「あの事件で本来の『僕』は死んだんだよ。今いるボクは『ナノ・クローン』によって生まれた、言わばもう一人の『僕』だ」
死ん……だ……?
今ここにいるシンはクローン……それは予想していた。だが、その事実に艦内の空気は一瞬で凍りついた。そして、そのカミングアウトはいくつもの疑問の種をばら撒いた。
「アタシ達がロイス・ジャーナルに入社した時のアンタは死ぬ前のアンタ……つまり、オリジナルのシンよね? アンタは死んだオリジナルの記憶を持っているの?」
「残念ながら記憶の全ては回収出来ていないんだ。ロキに行った記憶は定かじゃないが、出会った人の記憶は残っているよ」
「便利なモンね。んで、ナノ・クローンってのは何なワケ?」
「回収された遺体から細胞を採取し、クローン培養された肉体や脳にナノチップを埋め込まれて生み出された、いや、再生されたと言うべきかな。その生物をナノ・クローンと言うんだよ」
「回収? 誰が回収したってのよ?」
「それはボクにも分からないよ。なにせ、死んでいたんだからね」
「そりゃそうか」
それは最早生物とは呼べず、生命の法則に反する愚行に思えてならない。だけどアタシは、目の前のコイツをシンという一人の『人間』として認識したままでいる。
複雑な気分だわ……
そんなアタシを横目に見ながら、突然リックがシンの前に立つ。
「ナノ・クローン……か。恐ろしい技術だが、並行世界では当たり前の事なのだろう? そして君はあのSTに使われている技術の事も知っているのではないか?」
「あのST?」
アタシの言葉など耳に入らないのか、リックはシンに向けて鋭く眼光を光らせていた。その眼差しを真正面から受け、シンが答える。
「至聖所で確認したから間違い無いけど、アレはSTの姿こそしているが中身はとてもSTとは呼べない。この世界のSTは『ダイレクト・モーション・フィードバック・システム』を搭載しているが、アレは『脳波』でコントロールする。ただし、普通の人間には脳への負荷が強過ぎてとてもコントロール出来る様な代物では無い上に、下手をすれば一瞬で廃人になるだろうからね」
ダイレクト・モーション・フィードバック・システム……その名の通り、搭乗者の動きをそのままSTの動きに変換するのだが、脳波でコントロールするとなると、シンの説明通りならば肉体的な負荷は減少するかもしれないが、代わりに脳と精神に異常なほどの負荷が掛かる物と思われる。
「そんなモン、誰がコントロール出来んのよ?」
「脳にナノチップを埋め込まれた者……?」
何気なく口をついた言葉に全員の視線を集めてしまったが、アタシ自身が一番驚いている。
「脳細胞や神経細胞にナノチップを埋め込み、それらをドーピングした『ハイ・ニューロン』を持った人間、それが『タイプ・エヴォル』だ」
「タイプ・エヴォル……初めて聞く名だ。並行世界の技術力とは一体どれほどの物なのか……」
リックが腕組みをしながら溜息とも感嘆とも言えぬ息を漏らす。
「え、じゃアンタもそのタイプなんとかなワケ?」
「タイプ・エヴォル、でございますね」
ご丁寧にもクリスの言を正したジェフが、テーブルの上にケータリングの料理を並べながらシンに問い質す。いつの間に作ったのだろうか。でも、丁度小腹が空いていたので些細な事は気にせず有り難くピザにパクついた。
「クリス様の仰る通りなるば、タイプ・エヴォルと呼ばれる人とナノ・クローンと呼ばれる人は同じ人種となりますが、先程のシン様の説明では些か意味合いが違うように思えました。私が思うに、おそらくタイプ・エヴォルはクローンではなく、ましてや私のようなアンドロイドでもなく、生身の人間なのではないでしょうか?」
「その通りだよ」
「そしてヤツらも……ベルカ・テウタとその一味もタイプ・エヴォルなのだな?」
「なんぐふぇえげっ!?」
危うくピザを吹き出すトコだった……危ない危ない。
そうか。先程の会話にあった『あのST』とはベルカ達の機体の事だったか。一度情報を整理したい所だったが、ミリューの肩に乗っかって黙したままだったパイちゃんが床に降り立つ。光に包まれた次の瞬間、少年の姿へと変わっていたパイちゃんの隣にレビも並び立つ。
「至聖宮にいるL・R……ルキフ・ロフォもタイプ・エヴォルだよ。アイツはドラゴン族の禁を破ったんだ。あの事件の首謀者はDOOM、そしてその裏にはJ・D・Uがいた。更に……ルキフもね」
「ルキフはJ・D・Uの一員となり、ヤハウェをJ・D・Uの本拠地としました。全ては神器を手に入れるため。そして、この宇宙を、いえ、全ての次元を支配するために……」
何かがアタシの記憶の海を漂っている。届きそうで届かない、掴めそうで掴めない、掴んだと思っても次の瞬間にはするりと指の隙間を滑り落ちていく……
その『何か』とはおそらく『ノイド』という言葉。そして、ソレを掴む事が出来た時にアタシの記憶は蘇るのだろうか……?




