第2話 Stray・Captain・GOMAD(Ⅲ)
願わくばどうか聞き間違いであって欲しかった。僕の耳がどうにかなってしまったのならその方が数億倍マシだ。だけど……心臓が自我を持ってしまったかのように激しく暴れ狂う。
「お前が放心するのも無理はねぇ……だが、これは本当の事だ。パルティクラールとしての俺はJ・D・Uを追い、俺個人としてはレイア・ルシールを追っている」
ケイさんのその目を見れば、嘘や冗談を言っていない事くらいは容易く解る。だけど……レイアさんがケイさんの取材対象になる理由が解らない。既の所で平静を取り戻し、僕はその疑問をぶつける。
「え、いや、ちょっと待って下さいよ! レイアさんが何をしたって言うんですか? まぁ、確かに何かをやらかしてもおかしくないかも知れませんけど……でも、惑星殺しなんて、ってゆーかこの世界ではそんな前例は無いって言ったのはケイさんじゃないですかっ! レイアさんが惑星殺しじゃないって言う何よりの証拠です!」
「残念だが、お前は大事な事を見落としている」
「大事な事?」
「レイア・ルシールはこっちの世界の人間じゃねぇ。俺達が居た世界の人間だ」
レイアさんが並行世界からやって来た人間であり、惑星殺しと呼ばれる重罪人だなんて信じられない。いや、僕は信じない。ケイさんの言う事が真実だとしても、僕はそんな真実は断じて認めない。
認めたくない。
認める訳にはいかない。
認めてしまったら……僕は……僕という存在を壊してしまいたくなる。
僕はこの人だと信じてレイアさんについて来た。レイアさんの事をジャーナリストとして、一人の人間として尊敬しているし、レイアさんが居るから今の僕があると思っている。そして……僕はレイアさんが好きだ。
好きな人を裏切るなんて僕には出来ない。それがたとえ尊敬するケイさんに言われたとしても、だ。
「ケイさん……レイアさんが惑星殺しだと言う証拠はあるんですか?」
「……二十年程前の事だ。俺が生まれ育った惑星イードは国同士が覇権を奪い合う戦乱の日々に明け暮れ、お世辞にも平和な惑星とは言えなかった。だが、そんな日々に終止符を打ったのはたった一人の幼い少女……それがレイア・ルシールだ」
「それが何故惑星殺しになるんですか? 戦争を終わらせたのなら……」
「イードという惑星は90%が人工物で造られた擬似惑星だ。惑星としての機能を保つためには中枢をコントロールするためのマスター・システムの存在が必要不可欠であり、次第に各国家がマスター・システムの利権を奪い合うようになっていった。そして、そのマスター・システムの管理者は……俺の親父だった」
造られた惑星なんてこの世界じゃ有り得ない話だけど、ケイさん達が居た並行世界ではそれが当たり前なのかも知れない。
「惑星の覇権を奪い合う戦争なんざ俺も下らねぇ事だと思うし、それに加担した親父の事も俺は嫌いだった。そんな下らねぇ戦争を終わらせた彼女は英雄と呼ばれるに相応しいのかも知れねぇ。だがな……あんな腐った惑星でも俺のたった一つの故郷だ! あんな腐った親父でも血の繋がった家族だった! それをアイツは……レイア・ルシールは……システムを破壊した。その結果、人や国どころか惑星一つ丸ごと消し飛ばしちまったんだ! それをお前は許せと言うのか!?」
空き瓶を握り潰して割ったその手からは破片と共に鮮血が滴り落ちていた。
本当にレイアさんがそんな事をやったのだろうか……いや、信じない。僕は断じて信じない。信じたくない。信じられるものか。
ケイさんの言葉をシャットアウトしたくなった僕は目を閉じ、レイアさんの事だけを考えようと思った。瞼の裏にはレイアさんの顔が浮かんでは消えるが、記憶の中のレイアさんは喜怒哀楽を隠さず、その全ての表情が僕の中ではキラキラと眩しく輝いていた。
そんなレイアさんが惑星殺しだなんて……僕は何を信じればいいんだ……
あの星空の向こうにあるかも知れない並行世界に存在たレイアさんと、今この世界に存在るレイアさんはもしかしたら別人なのかも知れない。だから、僕は僕が知っているレイアさんを信じる。
「ケイさん……僕はレイアさんの事を信じます。あの人がそんな事をしたなんてやっぱり僕には信じられません」
「……だろうな。それでいい。だが、俺は俺が信じる道を行く。それでいいな?」
「はい、構いません。僕は……僕が信じる道を歩きます」
「いい面構えだ。さて、朝食の仕込みでもすっかな」
そう言って僕の頭をくしゃくしゃと撫で、階段を降り厨房へと向かっていった。この惑星には擬似太陽が存在しないから時間の感覚が狂いがちになってしまうが、そっか、もう夜明けが近いのか。
アルコールのせいか、時間を気にしたからなのか、僕は途端に猛烈な眠気を感じた。少し眠れば鈍った頭も少しはスッキリするだろうか。あてがわれた自室に戻り簡素なベッドに潜り込むと、ものの数秒で僕は深い眠りへと落ちていった。
「おい、チワ公! いつまで寝てんだっ! 起きやがれ! ヤベェ事になっちまった!」
部屋の扉を激しく叩く声の主はアルヴィさんだった。尋常ならざるその声に異変を感じ、まだ意識がはっきりしない頭を振りながら扉を開けると、慌てふためくアルヴィさんにいきなり首根っこを掴まれた。
「どどど、どうしたんですか、アルヴィさん? てゆーかチワ公って……」
「お頭がどこにも居ねぇんだっ! アルテミスもねぇから乗って行ったんだと思うが……どこに行っちまったのか分かんねぇんだ。こんな事、今まで無かった事だからアタイらどうしていいか……」
ベルカさんが行方不明!? てゆーか……
「その『アルテミス』って言うのは?」
「お頭のSTだ。グレイがメンテナンスをしようと格納庫に行ったらアルテミスが見当たらねぇって言うじゃねぇか。お頭の部屋に行っても居ねぇし、こりゃどう考えても……何なんだこりゃ?」
「いや、何って言われても……」
「まさかたぁ思うが……誘拐……」
「いや、それは無いでしょ……」
あの人を誘拐出来る人がいるなら会ってみたいものだ。
グレイさんとリオさんも合流したが、やはりベルカさんは見つからなかったそうだ。
「船長、どこ行ってしもたんやろ? やっぱ昨日のアレが原因やろか……」
「確かに昨日のボスはいつもと違っていた。もしかしたらボスは一人でカタをつけるつもりなのかも知れない……」
「お頭ぁ……水臭ぇじゃねぇですかぁ……こうなったらアタイらもお頭を追うよ!」
「追うってどこへ向かうつもりだ?」
血気に逸るアルヴィさん達を窘めるように、エプロン姿のケイさんが厨房からやってきた。
「アイツが向かった先なら大体の見当がつく。だからそうカリカリしなさんな。それに、腹が減っては戦は出来ぬ、って言うだろ? まずは飯でも食って落ち着け」
納得がいかない様子の三人だったが、食欲をそそる香辛料のスパイシーな誘惑には勝てなかった。




