第2話 Stray・Captain・GOMAD(Ⅱ)
自動航行モードで進むアルテミシアは、心地好い夜風を切りながら第三の至聖所を目指す。次の至聖所までは数時間を要すると聞いたので、今は自由時間が認められていた。まぁ、キャプテンが酔い潰れていれば世話は無いのだけど。
僕はビールを一気に飲み干し、ケイさんの言葉を待っていた。知らなければならない事なら知っておくべきだ。知らないままでいるなんて出来ない。
「ケイさん……至聖所で言っていた『ホシゴロシ』って言うのは何なんですか?」
「……言葉通りだ。惑星を丸ごと破壊し、銀河の地図からも消し去るのさ」
銀河の地図が書き換えられるなんてそうそうある話じゃない。小さな恒星が消える事はあっても惑星が消えるなんて今まで無かった事だし、少なくとも僕が生まれてからそんな事は無かった。
「そんな恐ろしい事が起こったなんて、僕は聞いた事が無いですよ?」
「……ああ、そうだろうな」
グビリとビールを喉に流し込み、ケイさんは星空を見つめる。
そもそも『ホシゴロシ』などと言う言葉を聞いた事が無く、ケイさんの言う事は何一つ理解する事が出来ない。一つ大きく息を吐いたケイさんは空を見つめたまま言葉を続ける。
「……いいか、アスト。これから俺が話す事は全て事実だ。だが、信じるか信じないかは……お前自身が決めろ」
今の僕に迷いは無い。迷っていられる程の余裕も無い。今は……知らない事を知らなきゃならない。
「僕の心は決まっています」
「……そうか。お前は『並行世界』って言葉を聞いた事があるか?」
「ヘイコウセカイ……?」
「次元軸は同じくしながらも時空を超えて存在する世界……簡単に説明するなら、そう言えるだろう」
「パラレル……ワールド……?」
「ま、そう言っても差し支えは無いだろう。そして俺はその並行世界からこっちの世界に来た」
「ケイさんが……」
あの時からずっと頭の中に残り続けている言葉がある。それは、ケイさんが言った『こっちの世界』という言葉……その理由がようやく解った。
「俺がこっちの世界に初めて来たのは十年くらい前だ。その頃の俺はまだ駆け出しのジャーナリストで、ある事件に関わった人物を追っていた」
「その人物が『ホシゴロシ』なんですか?」
「いや、そいつは惑星殺しじゃない。それよりももっとタチの悪い奴らだ」
空になったビール瓶を強く握り締め星空を見上げて静かに目を閉じたケイさんは、嫌な思い出に触れてしまったのか眉間に皺を寄せ眉尻を上げた。
「この世界は……奴らにくれてやる訳にはいかねぇ。その為のパルティクラールだ。今度こそ奴らを……」
「もしかして、その『奴ら』って言うのは『J・D・U』ですか……?」
「ああ。DOOM、フェイ、そして……ブラフマンだ」
「ブラフマン……? ってゆーか……!」
初めて耳にする名前だったが、それより何よりDOOMとフェイが並行世界から来たと言う事実に僕は驚きを隠せなかった。
並行世界の科学力がどの程度発展しているのかは分からないが、次元だか時空だかを超えてこちらの世界にやって来ると言う事は相当に高度な科学力を持ち合わせていると推測出来るだろうか。そう考えるならば、DOOMが造り上げたという擬似太陽にも一応の納得は出来るのかも知れない。
確かに空間転位などの航行技術は100年程前に実用化されたというが、もしかするとそれすらも並行世界からもたらされた技術なのかも知れない。
「お前は不自然だとは思わねぇか?」
「不自然……と言うのは?」
「ロキには俺も行った事がある。あそこにはDOOMが造った擬似太陽があったのは知ってるな?」
唐突なその言葉に一瞬戸惑ったが、すぐに理解した僕は記憶の糸を手繰り寄せた。あまり思い出したくない記憶だったけど。
「ええ……覚えています。確か造り上げるまでに200年ほど掛かるとか……」
「ああ。DOOMは少なくとも200年前にはこっちの世界に来ていたという事になるよな」
「でも、DOOMは生身の身体を持っていなかったのだから言わば不死の存在……」
「ならば何故ヤツは『永久心臓』を欲した?」
言われてみれば確かにその通りだ。DOOMは200年以上生きていたにも拘らず永遠の生命を渇望していた。これは矛盾なのか、それとも永久心臓と言う存在の解釈をそもそも間違えていたのではないだろうか。
「永久心臓って……何なんでしょうね」
「さあな。ただ、ソイツが神器であるという事は確かだ」
永久心臓は至聖所が管理している聖櫃の中に納められている。そしてそれはおそらく、至聖宮にあるであろう本物の聖櫃の中でひっそりと眠りについているのだろう。
そう────至聖所にある聖櫃は偽物であり、至聖宮にある聖櫃こそが僕達が探し求める『本物の聖櫃』なのではないだろうか……?
「DOOMは神器を手に入れるためにこっちの世界に来たんだろうが、お前も知っての通り神器の支配者になるためには神器に選ばれなきゃならねぇ。奴ぁ神器に選ばれなかった、ただそれだけの事だ」
「フェイに裏切られた事も……ですか?」
「フェイにと言うよりはブラフマンに、だな。これは俺達しか知り得ない事だが……お前には知る権利があると判断したから伝える。J・D・Uの首領の名はブラフマン……フェイはブラフマンが唯一信頼を寄せる側近中の側近だ。そしてDOOMはフェイの操り人形に過ぎねぇ」
僕はただのジャーナリストだ。記事を書くために取材し、得た情報を文章に纏め読者の元へ配信する。今回の取材だって何だかんだ有りながらもキチンと取材のスケジュールをこなし、会社に戻ってモニターと睨めっこしながらキーボードを叩き、そしてまた取材の旅に出る……ハズだった。
惑星ロキでの取材で何かの歯車が狂ったのかも知れない。それは運命という名の歯車かも知れないし、この世界の歯車なのかも知れない。
「何故それを僕に……? 僕はただのジャーナリストです。パルティクラールのメンバーでもない僕にそんな情報を……」
「お前には知る権利があると判断したってさっき言ったろ。まぁ、俺の独断だがな。それに……俺が追っている奴はもう一人いる」
「もう一人……とは?」
「さっきも言った『惑星殺し』だ」
「まさかその人もこっちの世界に来ている、とでも?」
「ああ。お前がよく知っている奴だ」
「……その人とは?」
僕に向けられたその視線は、研ぎ澄まされたナイフのように鋭く、そして悲哀の色を滲ませていた。
聞くべきでは無かったのかも知れない。ケイさんの言葉を聞くのが怖い。
僕の頬に一筋、また一筋と冷たい汗が走る。
「……レイア・ルシールだ」
心臓が大きく跳ねた。




