第2話 Stray・Captain・GOMAD(Ⅰ)
艦内は重苦しい雰囲気に包まれていた。可能なら今すぐにでもこの艦を降りたい気分だったが、そんな事は死んでも許されない雰囲気に僕の心は半ば折れかかっていた。こんな時レイアさんだったら……と考えかけたが、その思いを振り払う。いつまでもレイアさんに頼ってなどいられない。自分自身と言う物をしっかりと持たなくては。
僕の隣では、神妙な面持ちのケイさんがジッとベルカさんを見つめている。当のベルカさんはと言うと、所在無くウロウロとエントランスを歩き回り何事かを思案している様子だった。
やっぱり先の至聖所での一件は、彼女にとっても想定外の事だったのかも知れない。僕はそっとケイさんに耳打ちする。
「ケイさん、さっきのベルカさんの行動は計画的な物では無いですよね? その事をアルヴィさん達はどう思ってるんでしょうか?」
「さてね。俺には分からないが、少なくともアルヴィ達がアイツを裏切る事は無いだろう」
「どうしてそう言えるんですか?」
「アイツらは完全なる一枚岩だ。運命共同体、一蓮托生。考えてもみろ、部下にさんざっぱら弄られてるにも拘らず、しっかりと面倒を見ている。上に立つ者の鑑だぜ、ありゃ。そんな奴がボスなら部下は安心して身を任せる事が出来るだろう。お前んトコの編集長みたいにな」
ケイさんの言わんとする事は理解出来るのだけど、あの編集長を引き合いに出されるとちょっと考えてしまう。
「いや、ウチの編集長は弄られてるだけですよ。僕はシンさんやケイさんみたいな人がいいと思いますよ」
「レイア・ルシール、は?」
違和感────ケイさんはレイアさんの事を知っているのではないだろうか? 僕は少し探りを入れてみようと思い、駆け引きを仕掛けてみる事にした。
「レイアさんは人の上に立つような人じゃないですよ。あの人について行くのは至難の技だと思います……って、僕が言うのもなんですけどね」
「だな。しかし、お前の上司はそんな人なのか……」
付け焼き刃じゃ上手くいかないとは思っていたけれど……さすがはケイさん、そう簡単に尻尾を掴ませてはくれない。
ならば────
「そう言えば、ケイさんはこれからもずっとフリーランスで活動して行くんですか?」
「ああ。俺は誰かの上に立つような器じゃねぇし、かと言って誰かの下につくのもゴメンだからな。ま、誰かとつるむのは嫌いじゃねぇが、基本、一人で行動する方が気楽でいい」
「そういう物なんですか……僕は一人だったらどうしていいか分からなくなります。今だってケイさんが居なかったらどうなっていたか分からないですよ。だから、レイアさん達と一緒に行動している僕から見たら、ケイさんが一人で行動している事が不思議に思えるんですよね」
「俺からすれば、あんな女と一緒に居られるお前の方が凄ぇと思うけどな」
ニヤリと口角を上げた僕の顔を見たケイさんは、一瞬しまったという顔をした後、観念したかのように両手を挙げた。
「やられたぜ、アスト……俺を嵌めるとはな。一端のジャーナリストになってきたじゃねぇか」
「生憎と上司に恵まれてますからね」
「ほざけ」
そう言いながらも、ケイさんは満更でもない様子で僕の頭をガシガシと乱暴に撫でる。そうされる事に僕は少し誇らしげな気持ちになった。ケイさんとの心の距離が近付いたような気がしたからだ。
「やっぱりケイさんはレイアさんの事を知っているんですね?」
「……ああ。シンに聞いてる以上にはな。てゆーか、お前はレイアの事を何処まで知ってるんだ?」
「何処まで……?」
ガサツな所はあるけれど、実は繊細で几帳面な一面もあり、それでいて自分の興味を引くモノには周りの目もくれず真っ直ぐに全力で追い求める、美人なのに何処か残念な────僕の憧れの人。でもその実、僕はレイアさんの事を何も知らないのかも知れない。
「お前にとっては辛い事になるかも知れねぇが、いつかは現実を知らなきゃならねぇ時が来る。その時に、お前が全てを知るに足る人間になってる事を……祈ってるぜ」
落ち着きを取り戻すためだろうか、ベルカさんはありったけのビールやウイスキーをテーブルの上に並べ、一本、また一本とハイペースで空けていく。アルヴィさん達もその様を不安げに見ていた。
「お頭ぁ……もうそのくらいにしといた方がいいんじゃ……」
「あぁ? 何がだ?」
普段よりも数倍凄みを利かせアルヴィさんを睨みつけると、ウイスキーの瓶に口を付け直接喉に流し込んだ。
「ヤケ酒も過ぎるんとちゃいまっか、船長。そないに飲んだらアホになりまっせ?」
「ほっとけ。アタシの頭はとっくにぶっ壊れてんだよ……チッ、いくら流し込んでも酔えやしねぇ」
まだ半分ほど残っているウイスキーの瓶を放り投げ、テーブルの上に積み上がった空き瓶を蹴り上げ荒れるベルカさんの姿をこれ以上見ているのは耐えられない。僕は甲板へと上がっていった。
星空の明かりにも負けない程の光を放つこの街に……この惑星に、ベルカさんは何を見たのだろう。
「混沌とした邪悪……かも知れねぇな」
振り向くとケイさんが瓶ビールを片手に立っていた。
「お前も飲むか?」
「……それ、ベルカさんのですよね?」
「固ぇ事言うなよ。二本ぐらい無くなったって分かりゃしねぇよ。何せあの本数だ」
肩をすくめて言うその仕草に僕は納得し、遠慮なく一本頂く事にした。キンキンに冷えたビールは乾いた喉を潤すのに丁度良い。
「ベルカさんは……?」
「散々暴れて眠っちまったよ。今はアルヴィ達が後片付けをしている」
何だか不憫に思えたが、彼女達の鉄の絆はそんな事で綻ぶものでは無いのだろう。それだけベルカさんに対して絶大なる信頼を寄せているという事か。
絶大なる信頼────僕はレイアさんやクリスさんやシンさん、そして編集長に対しても同じ様に絶大なる信頼を寄せているのだろうか。
答えはもちろん『イエス』だ。僕は何があってもロイス・ジャーナルの名前を守っていく。僕がジャーナリストであるために、僕が僕であるために。僕の存在意義、僕の存在理由、そして僕と皆の居場所は僕が守る。そのためには『現実』ってヤツも喜んで受け入れる。
「ケイさん……さっき言ってた現実って……何ですか?」
覚悟なんかとっくに決まっている。僕は眩く光る街を見下ろし、ルードの指輪が嵌った指を強く握り締めた。




