第1話 Refrain・Limit・MEMORY(Ⅲ)
クリスの問いにシンは表情を硬くし、瓶底メガネの奥はきっと険しい目をしているのだろう。ゴンドラの中の空気は図らずも重苦しくなっていった。クリスめ……
空気を察知したレビはおずおずとアタシの後ろに下がり、ケイトとタケルはシートに座ったまま我関せずを貫くかのように窓の外を見つめている。
永遠とも思える沈黙を破ったのは他でもないシンだった。
「……確かにボク達がやろうとしている事は無謀なのかも知れない。だけど、ソレは誰かがやらなくてはならない事だとボクは思っている。ボクに出来る事があるならソレをやりたい。たとえボクが成し遂げられなかったとしても、誰かがソレを受け継いでくれるなら、それはボクが生きた証になる」
「アンタはそれでいいの? 自分が成し遂げられなかったらタダの無駄死にじゃない!」
「無駄ではないよ、クリス。ボクの……ボク達の意思を受け継いでくれる誰かがいるなら……それは決して無駄では無い」
「シン……アンタ……馬鹿よね……」
「そうかも知れないね。だけど、ボクにしか出来ない事があるなら……それはやはりボクがやるしかないんだよ」
そう言ったきりシンは俯き黙り込み、クリスは涙を堪えるように両手を強く握り締めてシンに背を向ける。
分かり合える部分もあれば分かり合えない部分もある。それが人ってもの。ましてや仕事上とは言え行動を共にするパートナーならば尚の事、意見の食い違いによって生ずる深い溝は簡単に埋められるものでは無いのかも知れない。
両者の気持ちが解らない訳では無いし、どちらが正しいのかも解る。
この場合、おそらく二人とも正しいのだ。
答えなど永遠に出ない。答えの無い問答ほど、もどかしく歯痒いモノは無い。そして、アタシはこーゆー空気が大っ嫌いだ。
「あーもーっ、辛気臭いっ! 生きてりゃいつかは死ぬし、死ぬときゃ放っといたって死ぬのよ。だからと言って死に急ぐような奴はただの馬鹿だし、何も成そうとせず臆病に生きて死ぬ人生に意味があるとも思わない。生きるって事は凄くシンプルで……凄く難しい事なのよ。だから、精一杯苦しんで、もがいて足掻いて……楽しめばいいじゃない」
子供の頃に誰かに言われた言葉がアタシの口を突いて出た。
アタシには子供の頃の記憶がほとんど無い。いや、正確には『いくつかの記憶が抜け落ちている』のだ。記憶のパズルを完成させるためには圧倒的にピースが足りていないため、その記憶は完成しない。ま、アタシはその事について不自由していないから別に気にしてないんだけどね。『今』というかけがえのない時間を生きているんだし、過去は振り返らない主義だから。もちろん、過去の自分があるから今の自分があるという事は理解している。
アタシが生きる理由はパズルを完成させる事が目的じゃない。シンの生き方も理解出来る。クリスの生き方も理解出来る。アスト……アンタはアタシの生き方を……理解してくれる……?
空飛ぶゴンドラの長旅も終点が近付いてきたようだ。クリス達はすっかり寝静まっていたが、アタシは隣で眠っているレビの寝顔見たさに起きていた。んふー、可愛い……あ、ヤバ、よだれが……
起きていたのはアタシだけではなく、深窓の美少年の如く窓の外を眺めるタケルがいた。
「眠れないの……?」
アタシの言葉に振り向いたタケルは隣のレビに一瞬目を向けると、ふっと目を伏せ再び窓の外へと顔を向けた。その辺にいるような男がやろうもんならカチ殴ってやるその仕草だが、彼の場合は物凄くサマになっているのでやっぱり何だかムカつく。
「……レイアさんは、御自分の過去に興味が無いんですか?」
「ん?」
「僕達の両親は……僕達が小さい頃に死にました。働く事も出来ず、食べる物も買えない僕達は生きるために……盗賊として日々を食い繋いでいました。そんな時、ピカちゃんと出会って……それからはピカちゃんが僕達の親代わりでした。シンさんやパルティクラールの皆さんは、僕達姉弟を本当の家族のように迎え入れてくれました。僕も姉さんも、その時初めて他人の暖かさに触れた様な気がしたんです。だから、僕も姉さんも……自分達に出来る事なら何でもやろうと思ったんです。だから、シンさんが言った事は凄く解るんです」
この子達も生きるという事に必死だったって事か。時として、生きるというその事自体がある意味、業を背負う事なのかも知れない。
「……アタシもアイツの言う事は解るし、否定するつもりも無いわ。もちろん、貴方達の事もね。てもね……過去は過去、今更過ぎた事を後悔したってどうしようもないじゃない? アタシは明るい未来に向かって突き進むだけよ」
「強いんですね……僕には真似出来ないや……ん?」
窓の外を見ていたタケルが異変に気付く。
「レイアさん、そろそろ着く頃だけど……何だか様子がおかしいみたいだよ」
アタシの肩に寄り掛かって眠るレビのふっかふかの髪をこのままずーっっっともふもふなでなでしていたかったが、どうやらそうもいかないようだ。名残惜しいがアタシはレビを起こさないようにそーっと立ち上がり、彼の隣に立ち外を見る。
普段は女装しているからだろうか、タケルからは甘いコロンの良い香りがする。促されるように外を見ると……
「な、何よアレッ!?」
思わず大声を出してしまったため、レビを筆頭に全員を起こしてしまった。
「な、何よレイア! びっくりさせないでよっ!」
シートから豪快に滑り落ちたクリスがお尻をさすりながらアタシに詰め寄ってくる。
「ちょ、クリス、あれ、見てっ!」
「んー、何よぉ……へぅえぇっ!?」
首根っこを掴んで無理矢理クリスを引き起こすと、奇声を発した彼女はその場にへたり込んだ。
レビは口元を押さえ言葉を無くしたまま首を降る。そんなレビに寄り添いながらケイトがシンに救いの手を伸ばす。
「シンさん、これは……一体何があったのでしょうか……?」
「ボクにも分からないよ……何で街が破壊されているのかなんて……」
「あの海賊達の仕業なんじゃないの? シン、アストっちと連絡取れる?」
「連絡を入れた方が良さそうだけど……レイア、君はどう見る?」
「どうって言われても……ま、あの様子はただ事じゃないのは確かだし、状況を考えてもクリスの言う通り、ベルカ達が暴走したと考えるのが妥当ね」
だけど……アイツがそう簡単に暴走するとはアタシにはどうしても思えなかった。




