第1話 Refrain・Limit・MEMORY(Ⅱ)
レビの話によれば、人類が崇拝してやまない対象である『神』という存在は偶像に過ぎないという。ま、アタシにとっちゃどーでもいい事だけど。
「うん。で、それってつまりどういう事?」
「どういう事って、アンタねぇ……」
「そんな事言ったってさぁ、一ミクロンも興味無いモンに興味持てって言う方が間違ってんのよ」
呆れ顔のクリスの鼻先にアタシは指を押し当てる。
「開き直るのもどうかと思うけどさぁ……それなら何で聖神学を専攻したワケ?」
「んー……面白そうだった、から?」
アタシ達の掛け合い漫才にケイトとタケルは笑うが、レビは渋い顔を崩さない。眉間にしわを寄せ、虚空の一点を見つめたまま何を思うのか。
人類が創ろうがドラゴン族が崇め奉ろうが、現存しない存在を信じるって事がアタシには理解出来ない。過去に実在した偉人を神格化する事も個人の自由なので、誰かを敬う事も無く、神なぞ知るもんか、なアタシ如きがとやかく言う資格は無いだろうし、それくらいはちゃんと自覚している。
「信仰の対象なんて人それぞれでしょ。信じる者が救われるならそれでいいじゃない。アタシの信仰の対象はこの両目で見たモノなの。ジャーナリストが在りもしないモノを信じるなんてナンセンスだわ」
「そうは言うがね、レイア。人って奴は時には何かに縋りたくなるものなんだよ」
「じゃあアンタは見た事も会った事も無い奴を信じるっての?」
「S・N・Sが当たり前になって何百年経ってると思ってるんだい?」
「それはモニターを通して見てるし、会ってるもん。アタシが言ってるのは空想の産物の事よ。想像力豊かな人類が創造した『神』をどうするかは勝手だけど、信仰の対象にするのは危険だとアタシは思うのよね」
「確かにそれが原因で争いが起こったという事は歴史が証明している。だけど、それはJ・D・Uのような奴らが引き起こしているに過ぎない」
そう言ってタバコを咥えようとするシンだったが、ケイトとタケルの存在に気付き禁煙パイプに切り替える。
シンの言う事も解らない訳ではない。だけど、それは余りにも曲解過ぎるのではないだろうか。全ての生きとし生ける者が『善』でも無ければ『悪』でも無い。そして、それらにも生まれてきた『意味』がある。
この世には完全なる正義も悪もない、とアタシは思っている。そして、その考えが危険であるという事も承知している。
瑣末な意見の食い違いが諍いの火種になり、やがてそれは差別を生み、最終的には争いに発展する危険を孕んでいる。そんな歴史を人類は幾度となく繰り返して来たのだ。
おそらくはそんな愚かな歴史を紡いでは来なかったであろうドラゴン族が衰退し、それに成り代わるように繁栄していったのが愚かな歴史を紡いでいる人類だとはお笑い草にもならない。
だが……これが現実。ヒエラルキーの頂点に君臨しているのはアタシ達『人類』なのだ。それが何を物語っているのか……つまり、人類は馬鹿じゃないって事だ。
アタシだってそう大して容量の多くない脳ミソをフル回転させて色々と考えてるし、アストだってアタシよりも少ないであろう容量の脳ミソ使ってメールを送ってきた。でも、何でシンのモバイルに……って、そっか。アタシのモバイルはアストが持ってるんだっけ。脳ミソのスペックは似たようなものかも。
つーか、カレー作らされてんだ……今度作って貰おっと。
「ねぇ、シン。アンタ達パルティクラールはJ・D・Uをぶっ潰そうとしてんでしょ? それが成された時、アンタ達はどうすんの?」
「さあね。その時にミスターや編集長がどんな判断を下すのか、それはボクにも分からないよ」
ちらりとケイトとタケルに視線を飛ばすが、二人揃って首を横に振る。
「僕達はピカちゃんに従うだけだよ。ま、組織が無くなっちゃったとしても、僕達がやる事は変わらないけどね」
「私達、怪盗マスケレジーナは奪われたモノを取り戻すだけだから」
そう言って例のポーズを決める。これ、毎回やるんだ……
「そう言えば……さっき『ルキフ・ロフォ』って言ってたけど、誰? 至聖宮の神官って何よ?」
「それについてはレビさんの方が良く知ってるんじゃないかな?」
シンのキラーパスを無理矢理受け取る形になったレビは、突然の御指名にしどろもどろになりつつも答える。
「えと、ルキフ・ロフォとは今の私達の先導者であり……前先導者を追放した者であり、前先導者である『ハク』の兄です」
んーと……何だってか?
「前先導者ってのはパイちゃんの事よね。んで、パイちゃんがルキフ・ロフォの弟で名前がハク、と。んでもって、そのパイちゃんを追放したのがルキフ・ロフォ……彼って言ってたから兄になるのね。兄に迫害を受けた弟って事か……ふーむ、どこにでもありそうな話ね」
「どこにでもある兄弟喧嘩と同じレベルで考えちゃ駄目だよ。彼等ドラゴン族は我々人類とはおよそ及びもつかない高度な文明を誇っていたのだから」
「でも衰退しちゃったじゃない」
「衰退の原因は分からないが、一時代を築き栄華を誇ったのにはちゃんと理由がある。その栄華の中心に居た七人のドラゴン……その末裔たるパイ君やレビさん達が今もこうしてこの惑星で種の存続を絶やさずにいるのだから、やはり人類よりもドラゴン族の方が遥かに優れているとボクは思うけどね」
シンの言う事も解る。解るけど、それが何だっての。時代の流れでそうなってしまっただけじゃない。
「時代の盟主と言うバトンが廻ってきただけでしょ。所詮この世は多数決なのよ。どんなに少数精鋭がチート能力を発揮した所で、圧倒的な数の前では無力に等しいのよね……悲しいけど」
もちろんそんな事は無いと言う意見もあるだろうけど、現実というモノはとかく厳しく悲しいのだ。
「そんな世界をボク達は変えようとしているんだよ。一人一人の小さな力を合わせれば、いつかは世界を変えられるだけの大きな力になる」
レビ、メイン、タケルを見廻すシンの顔は慈愛に満ちている……様にも見える。
その思想がシン個人によるものならば諸手を挙げて賛同する。しかし、組織という得体の知れない存在が掲げる思想だというならば、アタシはそれに疑問を投げかけよう。
シンの表情を見る限り、彼は本心からそう思っているのであろう。だけど……編集長はともかく、パルティクラールの中心人物であるミスターが何を成そうとしているのか、アタシはそれが甚だ疑問であり恐怖すら覚える。
ミスターの事をシン達に問い質しても知らぬ存ぜぬの一点張りだし、ミスターに対する疑惑の念は増すばかりだ。
「てゆーか、気の長いプランね。いつかは世界を変えられるって言うけど、その『いつか』ってのはいつになるワケ?」
クリスの疑問はもっともだ。それに、ドラゴン族の命の砂時計の容量がどれくらいあるのかは知らないが、それでも人類の命の砂時計の容量の方が遥かに少ないという事は解る。
その短い命が尽きる前にそれを成し遂げられるのかは甚だ疑問だし、そもそも命を投げ打つだけの価値があるのかも怪しいと思うのはアタシだけだろうか。




