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iDENTITY RAISOND’ETRE 第二部 ~聖櫃の行方~   作者: 来阿頼亜
第3章 ディオスクロイは世界を救う?
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第2話 Assault・Justice・MYSELF(Ⅲ)

 今回のカレーは自画自賛してもいいくらいに上手く出来た。定番の野菜はもちろん、ズッキーニとトマトを入れてみたらこれが意外と相性抜群だった。茹でたアスパラガス、ベーコンとほうれん草のオリーブオイル炒め、そしてケイさんお手製のメンチカツをトッピングし、ボリューム満点な一品に仕上がったのだ。

 満足のいくひと仕事を終え、お腹を空かせて帰ってくるみんなの笑顔を見ることが出来る、と妙な自信があった。

 気になる事と言えば至聖所の異様とも言える静けさなのだが、きっとスムーズに作業が進んでいるからなのだろう。あれから既に二時間近くが経過しているから、そろそろ戻ってくる頃だろうと気にも留めていなかったのだが、さすがに不安になってしまった僕は外の様子を(うかが)いに行こうと厨房を出ようとした。


「ケイさん、僕、ちょっと外の様子を見てきます」

「アイツらの事が心配なのか?」

「……心配じゃないと言ったら嘘になりますけど、何だか嫌な予感がするんです」

「簡単にやられちまうような連中じゃねぇぜ?」

「それは解ってますけど、あまりにも静か過ぎると思いませんか?」

「……まぁ確かにな。それに、少し時間がかかり過ぎてる気もするな。分かった、俺も一緒に行こう」


 なんだかんだ言ってもケイさんは優しい人だ。

 コンロの火を止め、外の様子を窺いに行こうとした矢先に艦内に備え付けてあるモニターへと通電が入ってきた。モニターに映ったのは憤怒の形相を(あらわ)にしたベルカさんだった。


「ケイッ! 格納庫のハッチを開けとけっ!」

「何があったんだ?」

「この街の人間は腐ってやがる。こんなモノがあるから……こんなモノ……アタシがぶっ壊してやる! アタシのSTを今すぐ動かせるようにしておけっ!」


 乱暴に通信を切ったベルカさんが艦に戻ってくるまでそう時間は掛からないだろう。なんともおっかない剣幕だったが、一体何があったというのだろう。


「ケイさん……」

「聞いたか。『この街の人間は腐ってやがる』だとよ。アイツが何をするのか知らねぇが、スクープ映像が撮れるかも知んねぇぞ?」


 嬉々として事の成り行きを楽しんでいるようにも見えるケイさんだったが、僕は逆に言い知れぬ不安を感じるばかりだった。


「スクープは……そりゃ撮れるに越した事は無いですけど、僕には嫌な予感しかしませんよ」

「その予感は案外当たってるかもな」


 意味深なその発言にさらなる不安を感じたにも(かかわ)らず何故か疑問を抱く事が無かったのは、ケイさんのその言葉を否定する理由を見つけられなかったからだろうか。僕自身、この嫌な予感が外れる事は無いと思えてならなかった。


「さて、と……それじゃSTをすぐに出せるようにしとくか」


 そう言ってケイさんは頭を掻きながら格納庫へと降りていった。厨房に一人残された僕は、誰もいない今がチャンスとばかりにレイアさんに連絡を入れてみる事にしたのだが……


「……そっか。レイアさんのハンドバッグ、僕が持っていたんだった。レイアさんの事だからこの中に……あ、やっぱりあった」


 ハンドバッグの中からモバイルを見つけた僕は、シンさんのモバイルへこちらの状況を知らせるべくメールを送信した。

 程なくして返信が来たのだが、それと時を同じくしてベルカさんが戻ってきてしまったため、メールの内容を確認する事が出来なくなってしまった。


「ったく、クソ忌々しいったらないねぇ! こんなモノがあるから腐っちまうんだっ! ケイッ! 準備は出来てんのかいっ!?」


 どっしどっし、という足音が聞こえてきそうなくらいに鼻息を荒らげながらの開口一番、ケイさんを呼びつけたベルカさんだったが、彼女はSTを持ち出してまで何をするつもりなのだろうか。


「準備は出来ちゃいるが……まさか変な気を起こしてんじゃないだろうな?」

「あぁん? 変な気ってなんだい? アタシは別に発情なんざしちゃいねぇ!」

「いや、そういう事じゃねぇよ。船長自らがSTに乗るなんて尋常じゃないだろ?」


 至聖所でSTに乗る理由なんて、聖櫃(アーク)を運び出すため以外には考えられない。それならば前回同様、部下であるリオさんやグレイさんがその役目を担うはずだ。

 今回ベルカさんだけがSTに乗り込むという事は、やはり何か思惑があっての行動なのだろう。


「この街だけがこうなのか、それともこの惑星そのものが腐ってやがるのか……アタシがそれを見定めてやる。事と次第によっちゃあ……」

「事と次第によっちゃあ……?」

「この惑星ごと……ぶっ壊す」


 ケイさんのオウム返しに対して、STのコックピットで出撃のための最終チェックを行うベルカさんは、感情を噛み殺し絞り出すような声でそう言うと、コックピットのハッチを閉じてしまった。


「ちょ、ベルカさんっ!」

「どけっ、アスト! 死にてぇのかっ!」


 嫌な予感が当たってしまう、そう直感した僕はルードの指輪の力を使おうとしたのだが、ケイさんにそれを止められてしまい、ベルカさんの駆る金色のSTは僕達を横目にアルテミシアの格納庫から飛び立っていってしまった。


「ケイさん、何で……」

「時を止めた所で……結果は何も変わりゃしねぇよ。アイツの言うように、一度壊れた方が何かが変わるのかも知れねぇな」


 ケイさんの言葉はある意味では正しいのかも知れない。だけど、僕にはそれが正義だとは思えなかった。少なくとも、僕が信じる正義では無いような気がしたのだ。しかし、それ以上に僕の心を揺り動かすモノがあった。

 STに乗り込んだ時のベルカさんの目だ。

 ベルカさんの言動は怒りや憎悪を孕んでいたように聞こえたのだが、ぶっ壊すと言った時のあの目が僕には何処か悲しげに見えた。そして、その目は時折レイアさんが見せる目に近い物を感じた。

 あの二人は……やっぱり似ている。

 STを見送った僕達は厨房へと戻る事にした。虚脱感からなのか重い足取りだったが、ケイさんの口から飛び出して来た言葉に僕は隣を歩く彼の顔を二度見した。


「そう言えば、お前の上司の名前……レイアって言ってたな。元気でやってるか? 『レイア・ルシール』は」

「多分、元気でやってると思いますよ……って……へ?」


 二度見した後、僕の脳内で何かが爆ぜたような感覚に襲われた。

 何でケイさんがレイアさんの事を……?

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