第2話 Assault・Justice・MYSELF(Ⅰ)
海賊船『アルテミシア』の甲板をデッキブラシでガッシュガッシュと擦る。僕は一体何をやっているのだろうか。ベルカ達にいいように使われている事だけは間違いない。デッキブラシで甲板をガッシュガッシュ……あ、だから『デッキ』ブラシって言うのかな?
「アスト、こうやってみると海賊稼業ってのもなかなか楽しいモンだろう?」
僕と同じくデッキブラシで甲板を磨いているケイさんが話し掛けてくる。本職はフリーのジャーナリストであるハズのケイさんが、なぜこの状況を楽しめているのか理解に苦しむ。
「ケイさんは海賊という存在を認めているんですか?」
「ふむ……じゃあ、お前はジャーナリストという存在をどう思う?」
僕の素朴な疑問に対しケイさんは暫し考え込んだ後、逆に質問してきた。質問に質問返しなんてまるでどこかの誰かさんみたいだ。
しかし、改めてそう問われると答えに詰まってしまう。実際、考えた事も無かったし。
「ジャーナリストとは……ですか。僕の上司の言葉を借りるなら『真実を追求する者』ですけど……」
「お前自身はどう思ってるんだ?」
「うーん……僕自身、レイアさん……あ、その上司なんですけどね。レイアさんの言葉通りだと思うんですよ。それに付け加えるとするならば……真実を後世に伝える者、ですかね」
僕の答えに満足したのか、デッキブラシの柄に顎を乗せたケイさんは深く頷く。
「そうだな。俺達ジャーナリストの存在意義の本質はそこにあると言ってもいいだろう。では、彼女達……宇宙海賊の存在意義とは何だと思う?」
宇宙海賊の存在意義……そんな事は考えた事も無いし考えようとも思わなかった。
「略奪行為を繰り返す輩に存在意義なんて……」
「ま、普通はそう思うだろうな。だがしかし、現実はどうだ? 彼女達はこうして存在している。彼女達の存在理由は何だと思う?」
宇宙海賊の存在理由……? 罪も無い人達の安寧を脅かす輩の存在理由なんて有る筈が無い。でも、ベルカさん達は本当にそんな事をして来たのだろうか。彼女達の記事を目にする機会はこれまでに何度かあったが、その全ては……
「宇宙海賊は自分達の欲望を満たすためだけに略奪行為を犯す者が大半だと思います。だけど……ベルカさん達は何か違うような気がします。上手く言えないんですけど……何と言うか……」
しどろもどろになっていると、ケイさんは僕の頭の上に手のひらを置き、ぽんぽんとその手を弾ませた。
「今はそれでいいさ。いつか分かる日が来る。『正義』って言葉が薄っぺらく安いモンじゃないって事がな」
踵を返したケイさんは、再びガッシュガッシュと甲板を丁寧に磨きだした。僕はデッキブラシを片手に、順調に空を駆けるアルテミシアの甲板から見渡せる景色を眺め、ベルカさん達が起こした事件の記事の内容を思い返すべくモバイルで検索を試みた。
彼女達はあらゆる惑星で略奪行為を働いてきた。それだけで犯罪者である事に違いは無い。そう納得しかけた矢先にある記事が目に留まる。
彼女達は、略奪行為は働くものの誰一人として傷付ける事はしていない。そして、略奪の対象はその惑星の権力者や統治者だという事が目を引いた。
記事を目で追う事に夢中になっていたからか、背後から忍び寄る影の気配には全く気付かず、乾いた破裂音とともに僕の頭頂部に痺れるような痛みが走った。
「あいたっ!」
「な~にを堂々とサボってやがんだぁ~、ア~ストォ~?」
振り返るとそこには鬼の形相を晒したベルカさんが、例のスリッパで自らの肩の辺りを叩きながら仁王立ちを決めていた。これがスリッパではなくブラスター・ガンやソード・ガンならば村人Aでも恰好も付いたのだろうが、ベルカさんにはスリッパで十分お釣りが来る程の威圧感があった。
「あ……ベルカ……さん」
「ったく、調子が狂う間抜けな返事だねぇ。何を見てたか知らねぇが、与えられた仕事をサボってんじゃねぇ。働かざる者、食うべからずって言葉を知らねぇのか?」
もちろん知っているが、ここは大人しくしていよう。無駄な反論は身を危険に晒す事になりそうだ。
「すいません、ベルカさん。すぐに続きをやりますからっ!」
「いや、今日はもういい。ケイッ、お前ももういいぜ。そろそろ次の仕事場に着くから準備しな」
「次の仕事場って……」
彼女達の狙いは聖櫃だったのではないのか。他にもまだ何か狙うべきお宝があるという事か。いや、そういえばあの聖櫃の中には大量の金貨や紙幣が入っているだけだった。という事は狙いはやはり聖櫃のその『中身』であり、次の仕事場は至聖所……?
「やっぱり聖櫃を……?」
「んな事ぁ、お前が知る必要はねぇ。お前らにやってもらうのは一つだけだ。また美味いカレーを作ってくれ」
「か、カレー……ですか?」
どんだけカレーが好きなんだろうか。どうせなら違うメニューにすればいいのに。
「カレーは万能栄養食だからな。美味いカレーが食えるならアタシはそれで満足だ」
万能栄養食かどうかは分からないけど、このままこの艦に乗っていればレイアさん達に再び会えるかも知れない。二度と会えないと思っていたけれど……その為になら、最高に美味しいカレーを作ろう。カレーを作るスキルだけが上がっていくなぁ、こりゃ。
「お頭ぁ、もうすぐ次の至聖所に着きますぜぇ!」
甲板に上がって来るなり大声で叫んだアルヴィさんだったが、案の定ベルカさんのスリッパの餌食となった事は言うまでも無い。




