第2話 MAGIC・OF・journalist(Ⅳ)
僕には何が正しいのか分からない。正義とは何なのか、悪とは何なのか……いや、それ以前に僕が信じてきたモノが何なのか分からなくなってきた。
ジャーナリズムって何なんだ。僕が今まで信じてきた事って何なんだ。僕が今までやってきた事って……レイアさんのパシリだったなぁ。いや、じゃなくって。
ベルカ達の行動が正しい事なのだとしたら、僕は何を見てきたのだろう。こんな時、レイアさんなら何て言うだろうか……いや、いつまでもレイアさんにおんぶに抱っこのままじゃいられない。自分で答えを見つけなければ。
「ベルカさん、至聖所とJ・D・Uが繋がっているって本当ですか? 聖櫃の中には何があるんですか? 貴女達は一体何をしようとしているんですか?」
「あーもー、鬱陶しいねぇ! 質問は一つずつしな」
苛立つベルカがスプーンを床へ投げつける。跳ね返ったスプーンはアルヴィの顔面を的確に捉えていった。うずくまるアルヴィをしれっと無視して冷蔵庫から瓶ビールを一本取り出したベルカは、それを一気に喉に流し込み気持ちの良いくらい強烈なゲップを一つ吐くと、ツンッと鼻につくアルコール臭を漂わせながら再び僕の前へと顔を近づけてきた。
「えーっと、何だったっけ? ……あぁ、至聖所とJ・D・Uがどうのだったな。そいつァ間違いねぇ。アタシらだけじゃなく、ケイも証人だ。それからアタシらが何をしようとしてるか、だっけか? アタシらはただ、やりたい事をやって……」
「アタイらにはこういう海賊稼業がお似合いって事だ。ねぇ、お頭ぁ?」
鼻の辺りをさすりながらアルヴィが言葉尻をとらえる。
「だから他人のセリフを横取りすんじゃねぇっ!」
「アルヴィはん、いくらウチらが海賊やからって船長のセリフ奪ったらあきまへんわ。それから……あの聖櫃の中身は……」
「見れば分かる。ついて来い」
テンポ良く、今度はグレイがリオの言葉を横取りする。そして、それらはすべからくベルカのセリフであったハズなのだ。当然、ベルカのこめかみには立派な青筋が浮き上がる。
「てめぇらぁぁぁ……」
スリッパ・ラッシュ三連発。
乾いた破裂音は相変わらず耳障りが良い。このカルテット漫才をずっと見ていたい気もする。なんだかんだで仲が良い事は見ていれば分かる。
その姿を見て笑っていたケイさんが、僕に後片付けを手伝うように告げ、すれ違いざまに耳打ちをしてきた。
「あの至聖所が悪いわけじゃない。レビって子も言わば被害者だ。この惑星に九つある至聖所を統轄する総本山……至聖宮に巣食う奴が全ての元凶だ」
「至聖宮……そこに行けば全てが明らかになるんですか?」
「さあな」
皿洗いを済ませ、いよいよ聖櫃と対面する事になった僕は、はやる気持ちをなんとか抑えてベルカ達の後をついて行く。
辿り着いた先はSTの格納庫だった。リオとグレイが操縦していたSTとは別に二体、計四体のSTが両壁に立ち並ぶ中を通り抜け、その先にある階段を降りていくと……ソレはあった。
あの絢爛豪華な装飾を施した、どこか気品のある櫃。間違いなく、あの至聖所に安置されていた聖櫃だ。
「あの箱の中身を知りたいんだろ? 見てみろよ」
そう言ってベルカが僕を促す。促されるままに聖櫃の蓋を外し中を覗き見る。
「こ、これって……」
中にあるのは不朽体などではなく、無数の金貨や紙幣だった。
「分かったろ? ソイツはただの貯金箱なんだよ……あの街の人々から巻き上げたカネの、な」
金貨の山を掘り漁ってみても何も出て来はしない。これが全て『ダーナ』だと言うのか……
「アタシらだって分かってるさ。至聖所じゃなく至聖宮が諸悪の根源だってこたぁな」
「ベルカさん達はこのお金を……どうするつもりなんですか?」
返答いかんによっては……だが、僕はベルカを信じたい。さっき見た彼女の目から悪意を感じる事は無かったからだ。彼女達は自分達の正義を貫こうとしているのだと信じてみたい。しかし、彼女は不敵に笑う。
「このカネは奴らが街の人々を騙して巻き上げたモンだ。それをどう使うかは……アタシらの勝手だろ。生憎とそんな薄っぺらいセンチメンタリズムは持ち合わせちゃいねぇんだよ」
ベルカの言葉に僕は声を失った。それと同時に、宇宙海賊である彼女達を一瞬でも信じた自分を恥じた。
彼女達は暴力による略奪を生業とする宇宙海賊なのだ。そこに正義などあるはずも無い。
「残念ながらアタシらは義賊じゃねぇんだ。奪えるモンは奪う、貰えるモンは貰う。それはこれからも変わらねぇ。だけど……アタシらにだって善悪の判断くらいはつく。J・D・Uのやり口は前から気に入らなかった。だから、奴らに噛みつく牙を持たないこの惑星の住人に代わってアタシらが奴らの喉笛を噛み切ってやるのさ」
そこに正義があるのか────喉元までその言葉が出かかったが、その言葉が口をつく事は無かった。自分自身の行動が正義だと胸を張る事に疑問を持ってしまったからだ。
ジャーナリストは真実を伝える者……僕は編集長やレイアさん達にそう教わった。だけど、今の僕にはその真実が見えない。ポケットのハンディレコーダーに録音されている事さえも真実だとは思えない。
ふと、ケイさんの顔を見ると、彼は僕の心を見透かしたかのように頷いた。
「タチの悪い魔法にでも掛かったみたいだな。彼女達は彼女達の信じた道を歩いているだけだ。俺も俺が信じた道を歩いているつもりだ。だから、お前もお前が信じた道を歩けばいい。そして、その先に何があるか……その目で確かめればいい」
魔法……だとしたら本当にタチが悪い。何を信じればいいのかすら分からなくなってしまったのだから。
だけど……
「この惑星の人達に掛けられている魔法を解くのも、ジャーナリストの仕事だぜ。そういう意味ではジャーナリストは魔法使いなのかも知れねぇな」
ケイさんの言葉が僕の衝動を突き動かした事だけは明白だった。