第2話 MAGIC・OF・journalist(Ⅲ)
食欲をそそるスパイシーな香りがお腹の虫を目覚めさせたのか、全員のお腹が一斉に鳴り出す。
「おいおい、良い匂いじゃねぇか! なんだかいつものカレーじゃねぇみてぇだな」
ベルカ達はいつもカレー食べてるんだ……たまには違うのも食べた方が良いと思うんだけど。
「今日のカレーはチーズを入れてみた。多分、昨日のカレーよりも数段美味しいハズだぜ? 他にも隠し味を入れてるんだけど……分かるかな?」
ケイさんの挑発的とも取れる言動は何か意味があるのだろうか。わざわざこのタイミングで言うべき事だとは思えない。
「なんだぁ、ケイ? 今日はやけに強気じゃねえか。もしかして、アストがいるからか?」
「ベルカさん、御明察。今までは俺一人だったけど、彼が来てくれたから作業の分担が出来た。これは大きい。これからはもっといい仕事が出来ると思うよ? そして、あなた達の仕事ももっとやりやすくなるだろうし」
ちょ、ま、何で僕をここで引き合いに出すの? てゆーか、ベルカ達の仕事がやりやすくなるって……
「あの、もしかしてケイさんって、至聖所の一件の時にも居たんですか?」
「あぁ……あの時か。うん、居たよ」
あっさりと白状してくれた。これはどう対応すればいいのだろう……取り敢えずお茶を濁すのが正解なのかな。
「あ、そうなんですか。それより……ケイさん的にはあの行為は容認できる事なんですか?」
僕にはどうしてもベルカ達の海賊行為は許される物では無かった。至聖所から聖櫃を強奪するなどという蛮行を見過ごす事は、ジャーナリズムの精神に反する事だと想う。
「うーん……俺個人の意見とし言わせて貰うなら、彼女達の行為そのものは賛成出来たものじゃない。だが、そこに何かしらの理由があるのなら……その理由を知ってしまったのなら、無下に反対は出来ないな」
僕にはその言葉を理解する事が出来ない。ベルカ達がやった事は犯罪なのだ。そこにどんな理由があろうと、罪は罪である事に違いない。もちろん、僕にその罪を裁く権利など無い事は解っている。だけど……
「ケイさんはそれでいいんですか? ケイさんがやっている事は犯罪をほう助しているんですよ!?」
「じゃあ、オメェは至聖所が絶対的な正義だとでも言うのか?」
スプーンを口に銜えたまま、山盛りにご飯を盛ったお皿にルーをかけるベルカが、僕を睨みつけながら言った。
「あの至聖所は、なかなか曲者だったぜ。お、こりゃうめぇ」
満足そうな笑顔を浮かべながら、矢継ぎ早にスプーンを口へと運ぶベルカの言葉に、僕は違和感を覚えた。
「ベルカさん、僕は人間としてあなた達の行いを容認する事は出来ません。そして、ジャーナリストとしても、あなたの先程の言葉を聞き流す事は出来ません。あの至聖所であなた達は略奪行為を行いました。それでどうして、至聖所が曲者だと言えるんですか?」
一様にスプーンを口に銜えたまま幸せそうな顔をしているベルカ達を、僕は精一杯の目力で睨みながら問い質す。
「お頭ぁ、チワワが何か吠えてますぜぇ?」
「船長、どないしはります?」
「ボス……縛り上げますか?」
数々の修羅場をくぐり抜けてきたであろう彼女達には、僕の言葉など涼風に過ぎないのだろうけど、それでも僕は言わずにはいられなかった。至聖所は……レビさんは……悪くない。悪いのはあなた達だ。
そんな僕の考えを見透かすように、ベルカが僕に近寄ってきた。宇宙海賊の頭目としての、そのプレッシャーに押し潰されまいとベルカの目を逸らさずに睨み返していたが、やはり僕の足は一歩、また一歩と後ずさりしてしまう。我ながら情けない。
背中に逃げ場を失った僕の顔の横にベルカの手が伸び、左右への逃げ場も失う。え、これって壁ドン……
「アスト……至聖所ってトコが何をやっているのか、オメェは知ってんのか?」
「な、何って……聖櫃を管理しているんじゃないんですか?」
「……フン。やっぱりその程度の情報しか掴んでねぇか。そんなんじゃ、ジャーナリスト失格だぜ? 礼拝があったろ?」
礼拝……街の人達が至聖所を取り囲んで、掌を合わせて拝んでいた光景を思い出した。確かにアレは異様な光景だった。
「アイツらは至聖所に洗脳されてんだよ。街の人達は『ダーナ』と称して、至聖所にいくらの金を騙し取られたか……この街は一見何不自由なく見えるかも知れねぇが、その実、人々の生活は凄惨なモンだ。優雅な暮らしを送っているのは、この街を、この惑星を支配している至聖所、いや、『J・D・U』の奴らだけだ」
まさかここでその名を聞く事になるとは想像もしていなかった。
ジョン・ドゥ・アンノウン────全銀河にその名を轟かす超巨大犯罪シンジゲートでありながら、その一切が謎に包まれている秘密結社だ。
「と言う事は……まさかレビさんがJ・D・Uのメンバーだって言うんですか!?」
至聖所がJ・D・Uと繋がっているのならそう考えるのが自然な流れ……いや、そんなハズは無い。だって、レビさんはパイと同じドラゴン族なのだから。
「あの管理者はただの雇われだ。聖櫃の中に何が入っているのかなんて知らないと思うぜ」
「ケイさん、それってどういう事ですか?」
聖櫃の中には不朽体が眠っているんじゃなかったのか?
「ソイツは彼女達に聞いた方がいいだろう」
壁ドン状態で、限りなく近付いているベルカの顔を良く見ると、額や頬にいくつもの傷痕が残っている事に気が付いた。だけど、その目に宿る光には……どこか温かさを感じられた。




