第2話 MAGIC・OF・journalist(Ⅱ)
ルードの指輪の力を借りて時の流れを止めたハズなのに、何故ケイさんは動けるのだろうか。もしやメンテナンスがまだ終わっていないのかと思い、ベルカやアルヴィ、リオ、グレイ達を見るが、彼女達はその動きを止めたままだ。丁度、ベルカがアルヴィの頭をスリッパで叩く直前だった。
「ケ、ケイ……さん? あの……何で……」
「んー? 何だい?」
ありとあらゆる戸棚を開け放ち、食材や調味料を漁りまくるその姿は盗人さながらだ。
「あの……もしかしてケイさんは……神器の守護者なんですか?」
「あぁ、その事か……そうだ。君と同じく、な」
瞬間、ケイさんの顔つきが変わった気がした。そして……違和感の答えはこれだった。やっぱりケイさんも神器の守護者だったのだ。その神器とはおそらく……
「やっぱり……ケイさんの神器はそのカメラ……ですか?」
異常とも言える大きさの望遠レンズを付けたカメラ……僕はどうしてもそれが気になって仕方がなかった。そう言えばあの時……カイルさんとフェイがお互いに神器持ちだと分かった事があったが、それと同じ事が僕にも起こっているのだろうか。それはつまり『神器の守護者は神器の守護者を感知できる』と言えるだろう。なんとなくだけど、僕にはそれが分かる。そして、ケイさんも僕が神器持ちだと分かっていたのだ。
「このカメラは『フィディウス』って言ってな、ガキの頃から俺とずっと一緒に暮らして来たんだ。ま、その頃はコイツが神器だなんて思いもしなかったけどな」
幼少の頃から神器と共に過ごしてきたのなら、神器への耐性も付いている……のか。
「ケイさんは、僕が神器の守護者だといつ分かったんですか?」
「その指輪を見れば分かる。そいつぁ……ルードの指輪だろ? ただの言い伝えだと思っていたが、まさか実在したとはな。お、チーズげっちゅ! コイツを入れると美味しくなるんだよねぇ」
盗人稼業が板についているのか、手馴れた感じで次々と物色しながらケイさんが答える。それにしても、このルードの指輪はそんなに有名なものだったのか。僕なんて他の神器の事なんて何も知らなかったのに。あ、でも確かにミリューさんの露店で見つけた時、僕はこのルードの指輪を知っていた。それが何故なのかは未だに分からない……てゆーか、『神器』ってもの自体が分からないんだけど。
「俺はその『神器』ってヤツが人類に何をもたらすのか、それを記事にまとめているのさ。神器を追うにはアイツらについて行った方が何かと都合が良くてな。成り行き上、アイツらの取材もしているんだが、俺の本当の目的はそっちさ」
そう言ったケイさんが親指で指さしたベルカ達の記事が、いつかどこかで発表される事を願わずにいられない。
それにしても神器を調べているとはどういう事だろう。
「ケイさん、神器とは一体何なんですか?」
「さあ? 何なんだろうな。ただ、神器に選ばれた者は……その運命を受け入れるしか無ぇ、って事さ」
運命を受け入れるしか無い……僕はずっとその思いを飲み込んできた。だけど、いざ人に言われると途端に足がすくんでしまうような錯覚に陥ってしまう。やっぱり僕は、心の片隅でそれを拒否していたのかもしれない。
運命は変わる……そう思っていた。
だけど、それは間違いだった。
僕は、この運命を受け入れなければならない。この、二度と外れる事の無い神器の『呪い』を……受け入れるしか無いのだ。
「ケイさん……僕は、いや……神器の守護者は……一体どうなるんですか?」
「どうって……そんなの、なるようにしかならねぇよ。自分の運命くらい自分で決めさせろ、ってんだよな」
「でも、さっき、運命を受け入れるしか無いって……」
「運命を受け入れるっていう事は、運命に呑み込まれるという事じゃないぜ? 自分が進む道はいくつもある。だが、どの道を進んでいくかを自分自身が選ばなくてどうする? 自分が選んで歩き出した道が『運命』ってヤツだと俺は思ってる」
着々とカレーを作り上げていくケイさんの言葉の破壊力は、僕の胸の内をえぐり潰すには十分過ぎるくらいだった。
運命は自分で決めるもの……確かにその通りだ。僕はルードの指輪に出会ってからというものの、どこかで諦めていたのだ。でも、そうじゃない。僕の運命は僕自身が決めるものなんだ。カレーだって、何を入れてもカレーはカレーなんだ。野菜を入れたら野菜カレー、チーズを入れたらチーズカレー、うどんを入れたらカレーうどん。でも、どんなに形を変えてもカレーはカレー……つまり、僕がルードの指輪の守護者になったところで、僕が僕である事になんら変わりは無いという事なんだ。
僕は心底、ケイさんと出会えて良かったと思った。そして、この海賊船に乗り込んだ事が間違いじゃなかったんだと思いたい。
お尻のポケットに忍ばせたハンディレコーダーが、この時を止めた空間でちゃんと機能しているかは甚だ疑問だけど、まぁ、それは気にしないでおこう。
「僕は今まで、運命は受け入れるものだと思っていました。でも、それは間違いだったんですね。運命は自分で切り開いていくものなんですね。僕、ケイさんと出会えて良かったです」
「お、あぁ……そう、だな。とりあえず今はカレーを作っちまおうか」
思わずケイさんの手を取り、ぶんぶんと振っていたが、ケイさんは静かに僕の手を払い除け、鍋をかき混ぜ出した。ん? 僕、何かやらかしたのかな?
「そろそろ出来上がるし、神器の力を解除してもいいんじゃないか?」
「あ、そうですね」
僕はケイさんの言葉に従い神器の力を解除した。それと同時に、ベルカのスリッパがアルヴィの後頭部を叩く、心地良い乾いた音が厨房に響き渡った。