第1話 BOY・GIRL・neutral?(Ⅱ)
相変わらず表情の冴えないシンの案内で訪れた先は、高層ビル街を外れた場所にある、見るからに寂れた雑居ビルだった。
「ところでさぁ……二つばかり疑問があるんだけど……いいかしら?」
「疑問って……後ろで怖い顔してる『あのお方』の事?」
横目にアタシを見つつ、人差し指で後方からついて来る小さな女の子を指しながらクリスが言う。
「何ですか? レイアさん、クリスさん」
この件は確かに『ロイス・ジャーナル』が引き受けたハズなのだが……何故かその依頼主である至聖所の管理責任者が、アタシ達の後方からちょこちょこちょこん、とついて来るのだ。
「えーっとぉ……レビ……さん? あの、この件はアタシ達に任せて貰えるんじゃ……ないの?」
依頼主に見張られていては自由な行動が取りづらいのよね。それに、これから会う相手が相手だし、とても正攻法で臨めるとは思えない。シンのツテを頼ってこれから会う『情報屋』とは、いわゆる裏の世界の住人である。そんな人と神聖なる至聖所の管理責任者を会わせる訳にはいかないのではないだろうか。
「あなた達を信頼していない訳ではありません。これは単純に私の知的好奇心から来たものです。お気になさらないで下さい」
お気にするわよ。
レビの言い分によると、やはり聖櫃を奪っていった宇宙海賊達が許せない、そして、アタシ達に依頼をしたものの、やはり気になってしまい、いてもたってもいられなくなってしまったそうだ。でも、知的好奇心に駆られて、ってのは、アタシとしては知己を得たようで何だか嬉しく思えた。
シンの知り合いという『裏の情報屋』は確かに興味深い。果たしてどのような人物なのだろうか? 先程から黙して語ろうともしないシンの様子には一抹の不安しか覚えないのだが……
雑居ビルの三階フロア、再奥突き当たりに居を構える『裏の情報屋』の事務所兼住居であるという扉は、禍々しいオーラ……もとい、異彩を放っていた。何故かドアノブが三つあり、扉は薄紫一色で統一されており、それ以外はなんの飾り気もない。その扉に掲げられた一枚のプレートには『マダム・ベラドンナの館』と書かれていた。
「……ねえ、シン。何、ここ?」
「……ご覧の通りだよ」
「ご覧の通りって……『裏の情報屋』じゃなかったの? これじゃまるで占いの館じゃない!」
確かにこのいかがわしさではそうだと言われても仕方が無い。実際アタシもそう思ったし。
「まぁ……入ってみれば分かるさ」
扉を開け先陣を切るシンの後について、アタシ達も部屋の中へと入る。部屋の中は……
「あぁぁ~らぁぁん、久しぶりじゃなぁ~い! シ・ン・ちゃん♪」
部屋の奥、透明な丸テーブルの向こう、艶かしく左手の平を上に向け、小指から順に折り曲げる仕草を繰り返す……女性……なのか?
「……どーゆー事よ、これ?」
「彼は……」
「いやぁだぁ~ん! 『彼』じゃないでしょぉ~ん?」
シンの言葉尻を捉えた彼……いや、『彼女』が丸テーブルを両手でバンバンと激しく叩いて抗議する。その様子にたじろいだシンが慌てて言い直す。
「か、彼女が『マダム・ベラドンナ』だ。だけど、それはあくまでも表向きの名前で、裏の名前……つまり、情報屋としての名前は……」
「ボナンザ・ピカレスク、よん♪」
ソバージュボブのブラウンヘアーがよく映える端整な顔立ち、サテン生地のヴェールのような全身を覆う濃紺の衣服は、一見して占い師やジプシーを連想させる。しかし、目の前に居る彼女だか彼だか良く分からないこの人物……本当に裏の情報屋なのだろうか? つーか……
「ぼ、ぼな……?」
「ボ・ナ・ン・ザ。ボナンザ・ピカレスクよん♪ 気軽に『ピカちゃん』って呼んでくれちゃってもいいのよぉん?」
ぴ、ピカ……ちゃん……?
つまり、これは……アレだ。彼……いや、彼女は『ドラァグ・クイーン』というヤツだ。シンの奴……そんな趣味があったのか?
ちらりとシンの顔を見やると、なかなかにバツが悪そうにしている。クリスはクリスで『ドラァグ・クイーン』を興味津々と言った感じで見つめている。そしてレビはと言うと……
「えっと……もしかしてあなたが、あの有名な『オカマ様』なのですか?」
オカマ様っ!?
「あぁぁ~らぁ~ん♪ 可愛らしいお嬢ちゃんじゃなぁい~? で・も・ねぇ、アチシは『オカマ様』じゃあ無いのよ? アチシはね『ドラァグ・クイーン』なのよ♪」
右手を腰に当て、左手を頭の上でヒラヒラと泳がせながら、艶かしく腰をくねらせるマダム・ベラドンナ、いや、ボナンザ・ピカレスク……ややこしいなぁ、もう。
それにしても、改めてまぢまぢとボナンザ、じゃない、ピカちゃんを見ると、確かにその仕草はアタシ達よりも女性らしい……かも知れない。何だろう、この言い知れない敗北感は……
いや、別にアタシが女として終わってるってワケじゃないのよ。そりゃ……経験豊富ってワケでも無いけどさぁ。でもでもっ、何つーか、アタシにも一応は女としてのプライドってモンが有るワケよ。いつかは誰かと恋愛の一つもして……って、何でこんな事を考えてんのかしら。そして……何でアイツの顔が浮かんでくんのよ。っつーか……
「アタシ、占いとか信じないのよね」
「そぉ? 私は結構信じるわよ? てゆーか、フレイア様の事は信じてたじゃない?」
「フレイア様は神器持ちよ? 占い師のソレとは違うわよ」
フレイア様の持つ神器『イビルアイ・オブ・ラプラス』は、恐ろしく正確に未来を予見する。占いの範疇を超えたモノだ。彼女に言われた事は今でも鮮明に記憶している。
『険しい運命を背負っておるのう』
アタシの運命がどれ程の物か……確かめてやろうじゃないの。