「行こう、次はどこ?」
ロースレントからかなり離れた森の中、そこに万樹はいた。切り株の上に座り、手にしている幻光石を見つめている。彼女の背後から音を立てて草木が分かれた。その音に万樹はゆっくりと視線をそちらに向ける。現れたのは額に角を生やした青い獅子。
《いつまで見つめておられる》
獅子の声は直接万樹の頭に響く。
《ご自身で決められたことでしょう?》
「……まさか……こうなるなんて思わなかったのよ。月は幻光石に呼ばれてこの世界にいる。そして……」
光を見ることはできない万樹には、幻光石はただの石だ。けれど、この石がこの世界を守っている。この石がなくなれば世界は安定できなくなり、いずれ壊れるのだ。それは昔に嫌ほど経験した。なのにその石は今、自分の手の中にある。決めたのは確かに万樹自身。この後どうなるのかもよく分かっている。でも、このままじゃいけないと知っているから、決着をつけるのが役目だから。だから本当のことは誰にも言えない。万樹をこの世界に呼んだ者やその理由も、今は誰も理解してくれない。
大丈夫、一人じゃない。ここに頼もしいパートナーがいるんだ。怖くなんてない。
「私は……役目のために呼ばれてここにいる。それがたとえ……だとしても……」
万樹の弱々しい声は途切れて森に消される。ぎゅっと幻光石を握りしめる手は小さく震えていた。
誰にも理解されない。それを覚悟の上で決めた。すべて万樹自身が勝手に決めてやっていること。
ロースレントに入った目的が、たとえ幻光石だったとしても。偶然に来たのではなく、目的をあって門を潜った。ロースレントで管理されている一つ目の幻光石を手に入れること。城の皆が寝静まった頃を見計らって幻光石を奪い、逃げた。連れ去られたと思わせるために部屋の窓を全開にして、大事にしていたシルバーのペンダントを置いてきた。外で待機していた獅子と落ち合い、ここまで来たのだ。
なぜ幻光石を奪う必要があったのか……。今は誰にも口にできない。少なくとも月たちのような人間には言えない。……けして、言えない。
「行こう。次はどこ?」
《南の大陸に幻光石の気配があります》
獅子の言葉に万樹は頷き、森から姿を消した。