「月、君って実はすごい人だったんだね」
あれ以来、二人はリヴァイアの力のことについては触れようとしない。八年間どんなことをしていたのか、どんな人たちに出会い別れたのか、本当に他愛のないことを話し合っていた。ひょんなことから、万樹との関係の話になると、からかうリヴァイアに月は本気で嫌がる。
「マジやめてくれって!」
幼なじみは運命のごとく結ばれるなんて話は月と万樹には一切なかった。互いに異性として意識していないのだから。本人たちが言うには「ただの腐れ縁」だそうである。
月にとって万樹は、見殺しにしてしまった彼女の兄の代わりに守る相手。万樹にとって月は、亡くしたくない家族、兄弟のような存在。そんな二人に恋愛に発展するわけがなかった。どんなに絆が深くとも、友人以上恋人未満なのだ。それなのに周りがやたらと二人をひっつけようとする。ちょっとしたことで相手が好きだとか、嫉妬している、熱々など過剰表現してくれる。迷惑な話だ。
「万樹は今でもミリアを?」
「……ああ。つい数時間前に後輩から告白されて断ってたの目撃したしな」
「確かに可愛かったものねぇ、万樹」
もう一人の自分だろうが……と口に出さず、月はあることに気づいた。
「万樹とリヴァは魂を共有してんだろ?なんで年が五つも違うんだ?」
「さあ、それは僕にも分からない。君と幻光石だってよく分からないし」
「そういえばそうだよなぁ……」
「幻光石は遥か昔からこの世界の秩序を守ってるんだ、僕たちと同じ意味があるのかもしれない」
「もしかして幻光石が俺を呼んだのは、それが何なのか探すためなのか?」
「可能性はあるね。でもそうじゃないかもしれない。やっぱりここは早くシンキに会う必要があるかもね」
もし本当にそれが理由なら、どうしてそこまでして月を呼ばなくてはならなかったのか。しかも、あれから八年だ。中途半端にもほどがあるだろう。「どうやって捜すんだ?」
「アテはあるよ。ロースレントにまで行けばミリアがいる。シンキは国を嫌っているようだけど弟は可愛いから、なにかしら連絡はしてると思う」
「シンキの情報が聞けて、ミリアにも会える。一石二鳥じゃん」
「決まりだね。じゃあ、ロースレントに向けて、再出発だ」
二人はさらに楽しげに旅を続ける。森を出てしばらく歩くと、賑やかな街に辿り着いた。中に入ったら入ったで、やはり月の制服姿は目立つ。堂々とした足取りで歩く月が珍しく、奇異の目ですれ違う人々が彼を見た。やっぱり目立つかな……と思いつつも着替える服も金もないので行動には移さない。今まで一人旅をしていたリヴァイアに金を出す余裕もないだろう。一番の問題は下校途中に呼び出されたから鞄も一緒にここに来てしまったこと。ここで勉強は悪くないが無意味だろう。そうなれば鞄は荷物にしかならない。
「もう暗くなる。今日はここで宿を取ろう」
「二人分の宿代あるのか?」
「僕を誰だと思ってるの?ほら、あそこで賭け試合してるみたい。結構儲かってそうだよ?あれで稼ごう」
「簡単に言うよな……。でも勝ってるってことはそれなりに強いってことだろ?」
二人は街の真ん中に集まる人々の中心で巨体の男が立ち、力自慢をしている様を見る。男の横にある木箱には大量の札が入っていた。
「何度も言わせないでよ、僕を誰だと思ってるの?八年前だけど、これでも武術大会の優勝者だよ?負けるわけないない」
たしかに八年前にそんな大会に出て、容易に優勝をかっさらったのは彼女だが。月が止めるのも聞かずにリヴァイアは人混みを分けていく。月は慌てて追いかけた。中心にいた男は遠くで見るよりも大きく強そうに見えた。リヴァイアはすでにやる気満々だ。こうなったら月に止められない。飛び入りのリヴァイアに、男だけでなく周りさえも挑発にも似た野次を飛ばす。なのに終始笑顔のリヴァイアが月には怖かった。案の定、笑顔でキレかけた彼女が取った行動は、近場にあったコンクリートの壁を触れもせずに粉々に破壊だ。瞬時に周りの空気が一変する。月はハラハラしっぱなしだ。
「へっ、可愛い顔して物騒な嬢ちゃんだ。いいだろう、やろうか。名前は?」
「リヴァイア・ルホード」
「なに!?」
リヴァイアの名前を聞いた男はギョッとした。震える声と指でリヴァイアを見る。
「まさか、あの有名な大会優勝者リヴァイア・ルホードなのか!?」
「それほど有名なの?」
「あれだけすればな……」
リヴァイアの言葉に月は頭を抱えてツッコミを入れた。
「八年前の大会決勝でリングを真っ赤な血で染めた、弱冠十五歳の子供が優勝したと聞いたことがある」
「あの時はね、まぁ……。いろいろあってね」
ニッコリと笑ってリヴァイアは答えを濁す。
「さぁ、始めようか。そこの金をすべていただくよ」
双方が構えるのを見て月はまだ不安を拭いきれずにいた。リヴァイアが本気を出さないでいてくれるとは思うが、大変なことになる前に止めた方がいいかもしれない。構えた二人が動き出した直後、月は近くで殺気を感じた。思わず周りを見回す。その間に二人の闘いは始まった。今は闘いに気を向けている暇はない。にしてもこの殺気ならばリヴァイア自身だって気づいているはずなのに、そんな様子を一度も見せない。気のせいなのだろうか……。
「リヴァ……」
呟いた瞬間、首筋に冷たい感触が走り、月は身を震わせた。
「動くな……」
低い声が耳元でする。視界には入らないが、首筋に突きつけられているのはナイフだろう。
「死にたくなければ言うことを聞け」
グッとナイフが首に食い込み始め、切り口から血が流れる。
「二人の闘いをすぐに止めさせろ。お前ならできるはずだ」
「……えっ?」
「月」
名を呼ばれた途端、背中をドンと押される。勢いのまま前に飛び出し、月は咄嗟に向かってくる二人の拳を瞬時に掴んで止めた。
「っ!」
「……」
急に割って入ってきた月に軽々と拳を止められて男はギョッとした。リヴァイアも表情には出さないが驚いているようだ。
「この闘いは無効だ」
「なにぃ!?」
「……」
月の言葉にリヴァイアはともかく男は納得できないようだ。
「少なくともこの賭け試合はデスマッチじゃない。リヴァが出た時点で無効だ」
「……僕が殺るわけがないだろう」
「そうだな、やらないな」
二人の拳から手を離して月は言う。
「けれど、それはさっきまでのリヴァだ。今のリヴァは闘いの中で昔の君に戻り始めてる。このままじゃ、この人を殺しかねない」
ビシッと指したリヴァイアの瞳の色が、灰銀色から銀色に変化していた。龍族の特徴の一つ。戦闘時に、より力を上げるために瞳の色素が変化すると歩いていた時、本人から聞いた。まさしく今のリヴァイアの瞳がそうなっているのだ。
「……悪かった」
そう呟いたリヴァイアの瞳の色が元の灰銀色に戻る。
「よくやったね」
人混みの中から声がして、月とリヴァイアはそちらに視線を走らせた。そこには長身の男が立っている。左目を隠すように伸びた黒い髪。見覚えのなるその姿は、間違いなく捜していた人物だ。
「シンキ!?」
微笑んでいるシンキの右手には血のついたナイフが握られている。
「ちょっと待て。まさか俺を脅したのはお前か!?」
怒りを露にして近づく月に、心なしか笑みを引きつらせてシンキは口を開いた。
「お、怒らないで。ちょっとしたお茶目なんだし……」
「ほほう?この俺が怪力だってことを忘れてないだろうな?」
「やめなよ月。シンキの行動を知っていた僕も悪いんだし」
「やっぱ殺気に気づいてたのかよリヴァ」
怒りの矛先がリヴァイアに移るのは自然の成り行きだ。
「まぁまぁ、過ぎたことだし。機嫌直そう?」
「よし、シンキ。一発殴らせろ。それで許す」
「い……痛いのは遠慮したいです。怒りはそちらの彼にぶつけてみては?」
なぜシンキによって沸いた怒りを男で発散せねばならないのか。
「なんだ、次は坊主か。いいだろう、手加減はしないぞ奇妙な服の坊主」
シンキになおも反論しようとしたら、さきに男のほうがやる気になってしまった。そして、やはり制服はここではおかしいのか……と改めて思う月だった。
とりあえず動き辛いので上着をシンキに預けて、始める前に精神集中を行う。
事前準備を済ませてリヴァイアに合図を頼んだ。リヴァイアの合図で二人の闘いが始まる。誰もが体格の大きさの違う二人を見て、男のほうに優勢だと思っていた。それは男もしかり。しかしそんな男の大きな拳を軽々と受け止めたのは間違いなく月だ。なんなく男の攻撃をかわし、月はその懐に入り込んだ。
「お兄さん、三日ぐらい物を食べられないの覚悟してくれよ」
捨て台詞を吐いて、月はかなりのスピードで巨体の腹部に向けて拳を叩きつけた。直撃と同時に男の体が、くの字に曲がる。右手を抜いた月の横を男が両手で腹部を抑えて倒れた。ある程度の手加減はしたが、今日食べたものすべて吐くほどの衝撃はあるだろうと月は直感する。
「悪いな、一応手加減はしたつもりだけど、マジで食事できないかも」
気絶している男に謝罪して待っている二人のもとへ駆け寄る。
「月、君って実はすごい人だったんだね」
驚いていたリヴァイアに月は苦笑いをする。別に隠していたわけじゃない。周りがあまりにも強かっただけだ。
「本気出したらどのぐらいまで?」
と興味津々のリヴァイア。挑戦する気だろうか。
「さすがの俺でも人は殺せないし」
「うわ、失礼だなぁ。僕はもう人殺しはやめたの」
心外だなとリヴァイアは言う。
「と言ってるくせに、さっき本気モードだったけど?」
「あれは僕をバカにするからだよ」
「ああ、はいはい。とりあえず宿に行こうね」
怒るリヴァイアとからかう月の肩を取ってシンキが言った。