「分かっているわ、だって私自らこの道を選んだんだもの……」
月たちはその日の夜には町にたどり着き、宿屋の一階で食事をしていた。周りには他の客がそれぞれ食事を楽しんでいる。そこに慌てた様子で一人の男が駆け込んできた。その場にいた人たちが全員男を見る。男はまっすぐ店主のところへ走って行った。騒いでいた店内が一瞬で静まりかえる。男は一度呼吸を整えようと深呼吸をしたが、余程全力で走ってきたのか、まだ声を出すまではいかないらしい。数分ほどしてようやく落ち着いた男は、カウンターを叩いて身を乗り出す。
「た、大変だ!!」
なにかあったのかとすぐに理解した月たち三人は立ち上がる。
「ネ、ネルソンの村が!!」
「落ち着け、ゆっくりと話してくれるか?」
店主はそう言うと男の肩に手を置く。すると再び深呼吸をして男はゆっくりと告げた。
「ネルソンの村が……村人が全員殺されていた」
「なにっ!?」
男の言葉に周りが騒ぎ始める。三人は体の中の血が凍っていくのを感じた。嫌な予感がする。顔色が悪くなっていくのが分かった。
「二日ぐらい前から村に一人の少女と動物たちが現れて、村人たちを苦しめているという噂があった……少女たちがやったに違いない」
「もしそれが本当だとすると、いつこの町も狙われるか知れない。早く対処しなくては……っ」
二人の会話に三人は顔を見合わせる。
まさか、万樹が……。
彼女には動植物と話せる力がある。万樹なら動物たちを従わせることなど容易だろう。けれど……。
「万樹は男と一緒だったはずだ。違うさ」
そう口にして月は自分に言い聞かせた。万樹のはずがない。あの子は人を殺せるような性格ではない、逆に命を大切にすることを重んじるような子だ。そんな月の気持ちを知ってか知らずか、リヴァイアは店主と男のところまで足を進める。何をするつもりなのかと見守る二人に見向きめしないで、店主と男に声をかけた。
「すいません、そのネルソンという村。どこですか?できたら馬など貸していただけると嬉しいんですけれど……」
店主と男は突然話に入ってきたリヴァイアに眉を寄せていたが、彼女から事情を説明してもらうと快く馬も道も教えてくれた。事情といっても本当のことなど言えないので、動物使いの少女を探しているという差し障りのない話をでっちあげただけ。ある意味間違っていないが。 店主から「今から行けば明日の朝には着ける」と聞いたので、寝る時間も惜しんで三人は町を出た。真実を目にして知るために。
朝日が昇って数時間してから三人は話に出ていたネルソンという村に着いた。中に入ると異臭がして思わず鼻を摘まみたくなった。村人であっただろう遺体の道。ある者は首をもがれ、ある者は胴を切り離され、あまりにも無惨な状態だった。よく見れば赤ん坊や幼い子供までいる。村は血で赤く染まってしまっていた。
どうしてこんな惨いことができるのだろうか。それなのに動物が一匹もいないのが気にかかる。こういう村でも犬の一匹や二匹はいるはずなのに死骸はおろか、姿すら見えない。三人は村人たちを一人一人弔ってやる。誰がここまでしたというのか。本当に万樹がやったのだろうか。もしそうなら、どうしてこんなことをしたのか問いただしたい。幻光石と共にいなくなった万樹。彼女は本当に連れ去られたのか、会ってはっきりさせたい。月の中で万樹に対する疑心が増えていく。その時、複数の足音がして村の入口で止まるのを耳にした。三人はゆっくりと村の入口へと視線を向け、その瞳を大きく見開く。そこには動物を数匹従えた万樹の姿があった。彼女は月たちに目もくれず村の惨状を見回している。
「これは……遅かった……ようね……」
万樹の様子はあからさまにおかしい。彼女はようやく三人に気づくと驚くどころか平然としていた。嬉しそうにするわけでも、泣くわけでもない。まるで月たちがここにいることが分かっていたような感じだ。
「月……リヴァ……シンキ……」
「万樹!探したんだぞ!なにしてんだよ、お前」
今にもつっかかりそうな勢いの月をリヴァイアが制し前に出る。
「万樹、会えて嬉しいよ。どういうことか説明してくれるよね?」
「そうね、私も会えて嬉しいわ。……こんな形じゃなかったらね」
笑いもしない万樹。この数十日に会わない間に何があったというのか。万樹の隣で喉を鳴らす獅子。深い青色の毛並はとても不自然でかなり目立っている。万樹の視線が獅子に向けられ、やがてその瞳が悲しげに揺れた。彼女のこの世界での能力を初めて目の当たりにする。万樹はゆっくりと再び月たちのほうへ視線を戻すと微かに笑った。
「その様子じゃ、私が誘拐されたとは思ってないみたいね」
「途中からね……」
主語をあえて省いてリヴァイアは肯定する。すると万樹は表情を変えず、同じ声音で思ってもいないことを口にした。
「じゃあ、リヴァには私がロースレントに顔を出した目的が幻光石だったということも気づいてるわけだ」
万樹の言葉にリヴァイアは笑顔を浮かべてそれを肯定した。信じられないと驚くのは月とシンキだけだ。最初から万樹は幻光石を盗むつもりでロースレントに現れたというのか。ミリアに会えることよりも幻光石を選んだというのか。
「なんでだよ!なんで幻光石を……っ。知ってるだろ、幻光石がなくなればこの世界が滅びるってことを!」
信じたくなかった。八年前一緒に幻光石を探していた彼女が逆に滅ぼそうとしているのが。
「知ってるわ」
即答する。分かっているのに、滅びの道を取るのが分からない。彼女の考えていることが分からなくてもどかしく感じる。
「なら、なんで幻光石を!?」
「……言わない。言ったところで月には理解できない」
「万樹!!」
納得できない。どうして幻光石を盗んだのか。万樹は獅子の背中に跨がると、もう一度三人を見る。
「村の人たちのことは残念だったわ……。じゃあ、私は他の幻光石を手に入れなきゃならないから行くわね」
「待てよ!お前、分かってんのか!?幻光石を集めるってことはっ」
「分かっているわ、だって私自らこの道を選んだんだもの……」
そう言って万樹は動物たちと共に村から出ていった。月の制止も聞かずに。万樹の口から告げられた決別の言葉。突き放すような口調。全てが現実で真実。信じたくなかった、こんな別れ方を望んじゃいなかったのに……。なにもかもが月の望みを打ち砕き裏切っていく。今まで信じていたことを否定されたような感覚が彼を襲った。どうしてこんなことになってしまったのか、なぜ自分がここにいるのかさえ否定されたような気がして、月の心は押し潰されそうになる。
「なんなんだよ……っ、わけ……わかんねぇよ!」
地面に膝をつき、力いっぱい地面を叩いた。万樹の裏切り。それが月に大きなダメージを与えたのは確かだった。どう言ってあげたらいいのか分からないシンキは何も言えず黙るしかない。しかしリヴァイアだけは違う。まっすぐに月の姿を見つめ、やがて彼の肩にそっと手を置いた。その一瞬、彼の体がビクッとするのを彼女はすぐに気づく。月は怯えている、子供のように。また誰かに裏切られるのではないかと体全体で怯えていた。「……月……」
「リヴァ……お前知ってたんだな。万樹が俺を裏切ってること」
これがリヴァイアが隠していたもの。彼女は少し躊躇った後、しっかりと首を上下に振った。
「知っていた……というか気づいたと言ったほうが正しいかな。ロースレントでミリアから幻光石と共にいなくなったと聞いた時から、なんとなくこうなることは分かってた……。ごめん、黙ってて。でも僕が言ったところで月は信じなかっただろう?だから本人から聞いたほうがいいかなと思って黙ってた」
彼女は昔からバレるまで隠し通す。バレる前に自分から吐き出せばいいのに、あえてバレてから口にしてきた。シンキを殺そうとしていたことや人間ではなかったこと。それら全てバレてから彼女が本当だと口にしたことだ。姿は変わっても彼女そのものは変わっていない。月は改めてそのことに気づいた。でもリヴァイアは自分のことを話そうとはしない。バレたとしても本心は口にしないだろう。未だにシンキたちはリヴァイアが家族を殺した原因である龍族を全て抹殺してしまったことを知らない。月だけが知る過去という名の真実と事実。
「リヴァ……ほかに万樹に関して隠し事は……?」
「今のところはないよ。でも一つだけ言えるのは、万樹を信じてあげて欲しい」
「そんなの……っ!」
あんな裏切られ方をして信じろなんて無理だ。万樹は敵になった。それは間違いない。彼女は幻光石が一つでも欠けたらこの世界が崩壊することを知っていて、大陸各地にある幻光石を集めている。集めてどうするつもりなのか知らないが、少なくともこの世界はなくなり、その表世界である月の世界も消える。大切な人や愛する人たちが死ぬ。分かっていて彼女は破滅の道を選んだ。彼女は言ったのだ。自分が選んだ道なのだと。もう全ては遅く、歯車はゆっくり回り始めた。過ぎてしまったことは戻ってこない。弱冠七歳でその現実を直視してしまった月が、ずっと持ち続けている己を戒める言葉。だから万樹が敵となったなら、彼女の目的を阻止することが大切だ。裏切られたことにいつまでも落ち込んでいるわけにはいかない。月はゆっくりと立ち上がり、心配しているシンキと少し不安そうなそれでいて申し訳なさそうな目で見るリヴァイアに決意の色が浮かぶ瞳で口にした。
「決めた。万樹から幻光石を取り返して他の幻光石も守る」