現在、フォークロア部(仮)の消滅危機っ
月剣学園高等部。
そこには、数百を超える部活がある。
毎年、百もの小さな部活が誕生し、そして其れを超える数の部活が消滅する。
桜の散る四月後半。数多の部活動が歓声を上げ、そして血の涙を流した。
壮絶な、部活動存続競走。いや、戦争と表現してもいいかもしれない。
新入生たちをありとあらゆる手で勧誘し、誘い出し、ある時は誘拐する。
部員を得るため新入生の奪い合い。
そんな戦いが毎年繰り返され、多くの伝説を生みだした――。
とかなんとかみんな言ってるけど、もちろんそんなの嘘。
部活動自体が八十くらいしかないのだから。
がしかし、それでも部活がそこまで多いと自然と無くなる部があることも確かだし、奪い合いが時たま起こるのも確かだ。
「……新入部員、来ませんね」
「ですな」
ここ、民俗学研究部もまた、そんな部活の一つだった。
部室としてあてがわれた四畳一間の小さな部屋には、先輩と僕しかいない。
先輩がいなくなったら、僕一人。
このままだと、この部活は自然消滅する可能性がある。
「先輩、やっぱり民俗学研究部なんて名前じゃ、来てくれる人も来ないんじゃないですか?」
民俗学――それは、古くから民間に伝わる風俗・信仰・芸能などを研究する学問のこと。
なんて堅苦しい説明なんか言われたら、ふつうにさようならだろう。
それに、ここはそこまでがっちがちな民俗学なんて研究してないし。
「それこそ、今流行のフォークロアとか使って……フォークロア部とか改名するとか」
「そのまんまだな」
「いいのが思いつかなかったんですよ」
名前のセンスは皆無です。先輩、つっこまないでくださいよ。
それでも、フォークロア部の方が今の活動にあっている気がする。
先輩と現在進行形で研究と言うか調べているのは都市伝説だ。
よくある、地下の水道管にワニが住んでいるとか、トイレの花子さんとか。
あれ。花子さんは違うか。
まあ、ともかくとして今問題なのは。
「部員、来ませんね」
「ですな」
さて、どうするか。
「まあ、来ない者を待っても仕方なし。そろそろ本日の活動でも行きましょか」
「あ、はい。え? 行く?」
月剣学園のあるここ、流留歌市には無駄に多くの伝説、伝承、昔話がある。
だから調べるお題とか話には事欠かない。
いわく、近くの山の山頂には不死身のじいさんがいるとか、風の強い日に風の音をよく聞くと話声が聞こえて、その内容は自分の隠し事だとか、くだらないのも多いけど。
そして、今調べているのは。
「夕刻。夕日の落ちるその間際に路地を歩いていると声をかけられる。それに答えると――」
「攫われる」
最近、神隠しみたいに人が消えることがひんぱつしている。
聞いた話じゃ、突然いなくなった人が帰ってきて、そんな事があったと言ったとか。
そんな噂が僕達の元までやって来て半月。僕達はそれを調べることにしたのがつい先日のことだ。
「むむ。我が弟子のくせに、いい所を持っていったな。ちくそう」
「ちくそうってなんですか。ちくそうって。……んでもって、なんでこんな所に連れてこられたんですか」
今いるのは近くの路地。人通りの少ない路だ。
あたりは夕日が落ちて綺麗なオレンジ色に染まっている。
「こう言うのは、やっぱり実体験が一番かと」
「……なるほど。帰ります」
回れ右して、いつもの通学路に戻ろうとすると、先輩ががしっと腕を掴んできた。
けっこう、痛いのですが。
「……弟子よ。憐れな師匠を見捨てるのかね?」
「先輩、憐れなんですか? 一応憐れんでおきます。じゃ、さようなら」
実体験って……ぜったい僕を実験台にするつもりでしょう。
憐れな先輩の腕をがんばって振り払い、見捨ててさっさと歩きはじめる。と――
ぞくり
「……」
今の、寒気は……。
「先輩……、まさか……」
「珍しい。今回のはめずらしくも本物だったらしい」
先ほどとは違う。見ているこちらに畏れを抱かせる笑み。
先輩の本気の顔だ。
「先輩……いや、師匠って呼んだ方が良いですか?」
「さっさと終わらせようか」
さっきっから寒気のする方向へ。二人そろって同じ方向へ駆けだす。
胸騒ぎがする。
そして、そこには
「やっぱりか」
先輩がうきうきとした歓びの声を上げる。
そこには、倒れた女子高生と黒い影。
黒い影はそこらへんの小学生くらいの大きさで、顔が在りそうな位置に大きな口のような穴がある。
「弟子よ、師匠の戦いを視ていなさいな」
「了解です」
聞き取れない声。耳慣れない言語。先輩が口を開くと、あたりの空気が変わる。
まるで、先輩を中心に何かが、世界が変わって行くようだ。
ここは師匠に任せておいて、こっちの女子高生を保護しとくか。
女子高生の所まで行き、先輩のほうを見ると、黒い影が対抗するように奇声を上げながら膨らんでいくところだった。
大きな口をふざけているのかと叫びたいほど大きく開き、師匠を一息に飲みこむように襲いかかる。
『グギィアァアァッ』
「流留歌の魔法使いをなめるな……金剛破砕!」
ぐしゃり
人前で叫ぶには恥ずかしい呪文のあとに、影が破裂した。
ちなみに、あの呪文は先輩が一昼夜もん絶しながら考え抜いたやつらしい。
……先輩。
べたべたと黒い影の破片が辺りに散る。意外と粘着質なのか気持ち悪い。
ソレが雨のように降り注ぐ場所で、先輩は魔法使いの師匠らしくソレを弾きながら振り返ってきた。
「よーく視といたか?」
「すみません。この子を介抱していたので見てませんでした」
「なんと……」
「嘘です」
「そうか!」
一気に落ちこんで、一気に元気になった。
解りやすい先輩だ。
そう言うところが結構好きだ。
「あ、あの……あなた達は……?」
「あ……」
「あれま」
女子高生が怯える瞳で僕達の顔を交互に見ていた。
そう言えば、制服が同じだ。しかも、新しいピッカピカのブレザーに鞄。
もしかして、新一年生か?
いや、それよりも……。
「今の、見たのか?」
「は、はい」
この世界には、魔法使いがいる。
と言っても、絶滅危惧種なんて言ってる人がいるほど数が少ない。
しかも、その存在は隠されている。
魔法使いは、決して人にその正体を教えてはならないし、知られてはならない。
それが、魔法使いの間での約束事だ。
「……弟子よ、いかがするか」
「き、記憶を消すとか?」
「ふふふ。師匠である我にはちと荷が重すぎる」
「……普通逆でしょう」
「だって、そういう術は専門外なんだもーん」
僕は魔法使いの弟子。
そして、先輩は魔法使い。僕の師匠。
女子高生が倒れていたから気を失っているものだとばかり思っていた。
けど、見られた。
「本当にどうするんですか、先輩」
「どうしましょ」
穏やかな昼下がり。
「新入部員、今日こそ来ますかね?」
「うーむ。難しい話ですな」
今日も二人で寂しくいる四畳一間の部室。
そんな部活の存続にかかわる願いを、神様は叶えてくれたのか部屋がノックされる。
「は、はいっ?!」
「どうぞー、あいてますよー」
「し、しつれい、します……」
あ、あの時の、女子高生。
この前、先輩が助けた女子高生だった。
やっぱりここの生徒か。しかも、一年生みたいだ。
上履きの色を確認して、なんとなくガッツポーズをとる。
「あの、この前はありがとうございました」
「いえいえ。でも、もしもこっちのことを誰かに言ったら……」
「わ、わかってます! 絶対誰にも言いませんから!」
「本当にお願いします。そうしないと、僕も先輩も上の方から怒られちゃうんで」
「はいっ」
先輩が魔法使いであることを知られちゃったのはしょうがない。
だから、彼女にはとりあえず口止めをしてある。けっこうすぐに納得して了承してくれた。
でも、なぜか笑顔の彼女を見て、少し判断を間違ったのではないかと考える。
嫌な予感がする。
「あの、その代わり……私も魔法使いの弟子にしてください!」
「……」
「……おやまあ」
ま、まさか、そう来たか。
まてよ……その代わり、部活に入ってもらえば……。
「あ、でもすみません。もうすでに部活動は入っているので、民俗学研究部には入りません」
「ちょっとまて」
なんだよっ。これが噂の上げて落す戦法かっ。
せっかく希望の光が見えてきたのに、悲しみのどん底だよ! 涙目だよ!
いや、この学校って確か二つ部活をやるとか駄目だった気もするけどさっ。
「でもまあ、現在の弟子と違って女の子らしい女の子が弟子になるのもいいかもしれないな」
「先輩……エロじじいとこれからお呼びいたしましょうか。主に電車やバス、廊下や教室などの公共の場で」
「すみませんでした。綺麗ちゃんは胸元が寂しいけど女の子らしい女の子ですっ! ……一人称『僕』はやめた方が良いと思うが」
「水埜先輩の……馬鹿っ!」
確かに、短い黒髪に荒い言葉づかいは下手したら男の子なんて言われそうだけどっ。
胸元が寂しいっ? まな板で悪かったな!
それでもスカート履いているし、けっこうおしゃれにも気を使ってるのに……。
「くそったれ! まな板の敵なら今度から殴るときはまな板(本物)で殴ってやるからな!」
「ごめんってば。さすがにまだまだ未熟者が弟子を二人も三人も作れないから。だから、すまないねぇ。弟子には出来ない」
「そうですか……」
残念そうに顔を下に向けた彼女は、すぐに顔を上げる。
意外と回復は早いようだ。こっちはまだ回復できないよ。
くそ……胸元が寂しいって言うなっ。
「じゃあ、その代わりにまた今回のようなことがあったら、呼んで下さい!」
「えー」
「だ、ダメですか?」
「と、とんでもない」
先輩……。
そんな約束をした彼女は、すぐさま帰って行った。
民俗学研究部、今日もまた部員は増えることもなく時は過ぎていく。
「先輩。やっぱり部名を変えましょうよ」
「あんまり意味ないと思うがなぁ」
魔法使いが存在を隠す現代。
魔法使いとその弟子は、今日も部員を増やそうと奮闘してそうで、していなかった。
はてさて、この部活。
消滅の危機を乗り越えられるのか、どうなのか……。
「じゃあ、今日の活動でもしましょか」
「はーい」




