第15話 しとしと夏雨
全国大会の表彰式は朧げだ。
まともに記憶していない。
ただ呆然と式を過ごした。それだけだ。
今日は何の目的もなくぶらぶらしている。
雨が降ってきた為、雨宿りをしていた。
「………」
曇りきったどんよりとした空を見上げ、ヤマトはため息をついた。
あれだけ望んでいた勝利も、何故だか虚しくなってしまった。
キリュウに言われたことが頭に引っ掛かって仕方がない。
「……僕の、責任って」
一体、日本一になった責任とは何なのだろうか。
ただ強いだけでは駄目なのだろうか。
キリュウはヤマトに何を伝えようとしていたのだろうか。
「ヤマト、どうしたのさ?」
カジオが話し掛けてきた。
ボーッとしていて気付かなかったが、どうやらずっと話し掛けていたようだ。
「ゴメン。何?」
「うーん……そのとぼけ具合を心配してたんだけど」
カジオは暫く唸っていたが、傘を広げて雨の中に出る。
「ま、困ったことがあったら相談してよ!」
カジオはそう言って走り去って行った。
カジオが走り去ってからも、ヤマトはボーッとしていた。
そこへ、今度は見知らぬ子供が近寄ってきた。
「ねえ、ゆーしょーしたお兄ちゃん?」
テレビで見た本人か尋ねているのだろう。
ヤマトは子供が不安にならないよう、出来るだけ微笑みながら答えた。
「うん。そうだよ」
「僕、おっきくなったらお兄ちゃんみたいになる!」
あのファイトを見て憧れたのだろうか。
思えばマルゴイさんもチェールさんも、そして自分も酷い罵り合いだったなぁ、とヤマトは思った。
「ありがとう。でも、出来ればキリュウさんみたいなファイターになってほしいな」
「うん。前まできりゅーお兄ちゃんみたいになりたかった。でも今はヤマトお兄ちゃんみたいになりたい!」
ヤマトは変な気分になった。
まさかあのキリュウさんより自分みたいになりたいという子がいるとは。
でも、ファイトだけ見れば憧れるものなのかもしれない。
「そんなのでいいのかな、僕……」
「僕の周りでも、皆、ヤマトお兄ちゃんみたいになりたいって言ってたよ!」
ヤマトが呟いていると、子供が両手を広げてアピールする。
ヤマトはますます不思議に思った。
あれからあの子供の母親が来て、お別れをした。
そして、雨に濡れながらも家に帰って来た。
自分の部屋に入ると、ベッドに倒れ込んだ。
するとブラスター・ウイングがヤマトの目の前にやって来る。
ブラスター・ウイングを撫でながらヤマトは独りでに呟いた。
「お前は、何で僕を選んだの?」
『貴方こそが私のマスターだからだ』
「そうなの?」
ヤマトは訳の分からない回答にクスッと笑う。
そして、バッ飛び起きて周りを見渡した。しかし、誰もいない。
では、さっきの声は?
「僕、疲れてるのかな?」
『そうだな』
また幻聴が聞こえた。
ヤマトはブラスター・ウイングに目を止めた。
自分以外誰もいないこの部屋で唯一喋りそうな物……
「って、そんなわけ無いよね」
『マイマスター。翼ヤマトよ』
次の瞬間、ヤマトの瞳が虹色に輝き辺りが光に包まれた。
「………ここ、は?」
ヤマトは目を開くと辺りを見渡した。
虹色の光で溢れた空間で、幻想的な場所だった。
足場も何もなく、まるでフワフワ浮いているような感覚だった。
『ここは何処でもない。しいて言うなら貴方のイメージ、可能性だ』
ヤマトはバッと振り返った。
そこにはブラスター・ウイングがいた。
但し、その大きさは全くの別物だった。
手の平サイズのはずのブラスター・ウイングは、何故かヤマトよりも大きな身体をしていた。
「ブラスター・ウイング、なの?」
『言っただろう、貴方のイメージだと。貴方は私を自分よりも大きく、強い存在だと思っているから私はこんな大きさになっている』
なるほど。と思い、続けて何故自分がこんな所にいるのか尋ねた。
『貴方がここに来れたのは、貴方が特別な力を持つ者の中でも更に特別だからだ。イヴに近い存在とでも言うべきか』
「イヴ?特別?」
ヤマトの疑問にブラスター・ウイングが答える。
『特別な力とは貴方の持つ力、Gサイトのことだ。イヴとは最初に目覚めた者の事だな』
「………」
『さながら貴方は突如現れたアダムという所か』
話を続けるブラスター・ウイングに、ヤマトは尋ねた。
「ねぇブラスター・ウイング。僕、分からないんだ」
『何がだ?』
「勝ったのに……嬉しくないし、自分に自信が持てないんだ。僕に、誰も憧れて欲しくない」
『貴方なら、もう自分で気づいているはずだ』
ブラスター・ウイングに言われ、ヤマトは黙り込んだ。
そして、暫くして口を開いた。
「……あれは、勝ったのは僕じゃない。全部Gサイトのおかげなんだ。僕自身は、偉そうな事を言っただけ。だから」
『それは違う』
ブラスター・ウイングはヤマトの話を遮った。
そして、続けて話し出す。
『では聞くが、貴方はファイトの内容を一切覚えていないとでも言うのか?』
ヤマトは押し黙った。
確かに、今は全てのことを思い出せる。
ファイトの、サンソルジャーやブラスター・ウイングの一挙一動を鮮明に思い出せる。
『それは、貴方がカスタムソルジャーを楽しいという気持ちを忘れなかった証だ………勝利の快楽に溺れながらも、貴方の戦う本当の理由を忘れなかった証』
「僕の、戦う本当の理由」
ヤマトは自分の胸に問い掛ける。
どうしてあの力が発動すると、ブラスター・ウイングを使うことがアスカの言いなりになると分かっていながら全国大会に出たのか。
「僕、カスタムソルジャーが。ファイトが大好きだ。だから、勝ちたくて……強くなりたくて。キリュウさんやアスカさんの期待に応えたくて」
『そうだ、答えはいつでも貴方の中にある』
ブラスター・ウイングはヤマトの肩に手を掛ける。
二人は見つめ合い、頷いた。
『何をするべきか、もう分かっているだろう………私は、いつまでも貴方の戦士。貴方と共に戦う仲間だ』
「うん………僕自身に答えを。そして、あの人と戦わないといけない」
ヤマトは目を覚ました。
傍らにいるブラスター・ウイングは、小さいながらも心強い存在感を放っている。
ヤマトは微笑むと、ブラスター・ウイングを手に取った。
そして、部屋を出た。
あの人と戦い、答えを出す為に。




