血脈の残響
戴冠の儀を台無しにされ、激昂したラインハルト王子は、王城のバルコニーに現れ、広場に集まった民衆と兵士たちを見下ろした。 彼の傍らには、王国の正義を標榜しながらも、その実、特権を貪り続けてきた高位貴族たちが冷笑を浮かべて並んでいる。
「愚かな騎士ダニエルよ。そして、リファールという名を汚すスラムの泥人形よ! 貴様たちの反逆は万死に値する。魔法は神に選ばれた高貴な血、すなわち我ら王族と貴族のみに許された特権。平民がその力を振るうこと自体が、この国の秩序を壊す大罪なのだ‼ 」
ラインハルトの声が拡声の魔術によって王都中に響き渡る。 兵士たちが二人を包囲し、鋭い槍の穂先がイレネスに向けられた。 しかし、イレネスはダニエルの腕の中から一歩前へと踏み出した。 彼女の背筋は、かつてスラムで蔑まれていた時とは比べものにならないほど、気高く伸びている。
「ラインハルト様。あなたは、魔法が血筋によるものだと仰いましたね。では、お聞きします。なぜ、私、イレネスがこの力を使えるのですか⁉ 」
「決まっている! 卑しいお前が、どこぞの遺跡から禁忌の魔道具を盗み出し、聖女の力を偽装しているからだ。現国王陛下は、かつてリファール家がその魔道具を独占し、国を転覆させようとしたからこそ、彼らを滅ぼされたのだからな‼ 」
王子の傲慢な宣言。 それは、かつてリファール家を陥れた際の、王家の「公式な嘘」だった。 民衆の間に動揺が走る。 だが、その時、ダニエルが低く、重厚な声を響かせた。
「嘘を吐いているのはお前の方だ、ラインハルト。俺は調べ上げた。リファール家が滅ぼされた本当の理由を。彼らは魔道具を隠したのではない。王家よりも遥かに純度の高い、神代の治癒魔法を継承していた。国王は、自分たちの権威を脅かすその血を恐れたのだ‼ 」
ダニエルが懐から取り出したのは、古びた、しかし王家の紋章が入った極秘の公文書だった。 そこには、当時の国王がリファール家の領地を没収し、一族を抹殺した詳細な記録が、自白に近い形で記されていた。
「貴様、どこでそれを……⁉ 」
「ロザリアが持っていたのですよ。彼女もまた、あなた方のやり方に愛想を尽かしていた。イレネスはスラムで拾われたのではない。虐殺を生き延びた従者が、彼女を唯一の希望として、最も人の目の届かないスラムへと隠した。彼女こそが、公爵家リファールの正当なる後継者だ‼ 」
広場が静まり返る。 ラインハルトの顔が、怒りと恐怖で土色に変わった。
「黙れ! 証拠などいくらでも偽造できる。魔法の純度だというのなら、今ここで証明してみせろ。平民の娘が、リファールの血を引いているというのなら、この『審判の炎』に焼かれて無傷でいられるはずがない‼ 」
ラインハルトが、王家の護り石である巨大な魔石を起動させた。 それは、偽りの魔力を持つ者を焼き尽くすとされる、苛烈な浄化の炎を放つ。 青白い炎が、イレネスを飲み込もうと襲いかかった。




