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選別の夜明け

 東の空が白み始めると同時に、王都の鐘が一斉に鳴り響いた。 白羽の聖女、その誕生を祝福するはずの音は、イレネスにとっては葬送の調べのようにしか聞こえなかった。


 大聖堂の中央、ステンドグラスから差し込む光の下で、イレネスは跪いていた。 背後にはラインハルト王子が立ち、彼女の頭上に置くための重厚な冠を手にしている。 周囲を埋め尽くす貴族や信徒たちは、熱狂的な眼差しでその光景を見つめていた。 彼らにとって、聖女が人間であるかどうかなど重要ではない。 自分たちの安寧を保証してくれる象徴であれば、それでいいのだ。


 イレネスの意識は、自分の内側に集中していた。 白羽の魔力が、彼女の精神を侵食しようと蠢いている。 その魔力の奥底から、あの少女の叫びが聞こえてくる。


 ――いたい。くらい。たすけて。


 イレネスは、自分の魔力をあえてその苦痛の中へと沈めた。 治癒の本質は、共感だ。 相手の痛みを知り、それを分かち合うことで、癒やしは始まる。


「私は……あなたを独りにしない」


 イレネスは心の中で、祠の少女に語りかけた。 王子や影たちが利用しようとしているこの「白羽」の力を、私は彼らの道具にはさせない。 この力は、誰かを支配するためではなく、凍りついた痛みを溶かすために使うものだ。


「さあ、イレネス。誓いを立てるがいい」


 ラインハルトの声が、天上の高い場所から降ってくる。 冠が、彼女の額に触れようとしたその瞬間。


 大聖堂の巨大な扉が、凄まじい轟音と共に吹き飛んだ。


「その儀式、待ってもらおうか……‼ 」


 朝陽を背に受けて現れたのは、煤と返り血に汚れながらも、一点の曇りもない瞳をした一人の騎士だった。 ダニエル。 彼の手には、使い古された、しかし手入れの行き届いた鉄の剣が握られている。


「ダニエル……‼ 」


 イレネスは顔を上げ、彼の名前を叫んだ。 その声に呼応するように、彼女の周囲に溢れていた白羽の光が、猛烈な勢いで逆巻き始めた。


「不届き者め! 聖なる儀式を汚すとは。近衛兵、その男を直ちに排除せよ!」


 ラインハルトの怒声が響く。 剣を抜いた近衛兵たちが一斉にダニエルへ襲いかかる。 しかし、ダニエルの動きは速かった。 彼は風のように兵たちの間をすり抜け、ひたすらイレネスの元へと突き進む。


「イレネス! その冠を受け取るな! お前はお前自身のままでいろ!」


 ダニエルの叫びが、大聖堂の天井を揺らした。 イレネスは、自分に触れようとしていた王子の手を力強く振り払った。 彼女の全身から、眩いばかりの光が放射される。 それは先ほどまでの、冷たく統制された光ではない。 温かく、どこまでも奔放な、命の輝きそのものだった。


「ラインハルト様。私は、あなたの聖女にはなりません」


 イレネスは立ち上がり、驚愕に目を見開く王子を真っ直ぐに見据えた。


「私は、傷ついた人を治す、ただのイレネスです。この力も、白羽も、すべては私自身が選ぶためにある!」


 光が爆発し、大聖堂を埋め尽くした。 混乱と光の中で、ダニエルの手がイレネスの指先に触れた。 その確かな温もりが、彼女に無限の勇気を与える。


 二人は、誰にも左右されない本当の戦いへと、その足を踏み出した。 白羽の聖女の物語は、ここから本当の意味で「彼女たちのもの」へと変わっていく。

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