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反逆の鼓動

 王城の地下深く、冷たい湿気が充満する独房で、ダニエルは壁に背を預けていた。 両手首には魔力を抑制する重い手枷がはめられ、わずかな動きさえも金属音が沈黙を切り裂く。 彼を襲ったのは、数人の近衛兵と、魔術師団による不意打ちだった。 抵抗すればイレネスの立場が悪くなると考えた一瞬の隙を突かれたのだ。


「……イレネス、無事か」


 ダニエルは、暗闇の中で彼女の姿を思い浮かべていた。 広間で引き離された時の、あの悲痛な叫び。 彼女は今、王族という名の捕食者たちに囲まれ、一人で戦っている。 自分の無力さが、鈍い痛みとなって胸を抉った。


「こんなところで、終わって堪るか……‼ 」


 ダニエルは手枷を無視して拳を握り込んだ。 騎士としての誇りも、王家への忠誠も、今の彼には何の意味も持たなかった。 ただ一人、自分を信じて名前を呼んでくれた少女。 その手をもう一度掴むことだけが、彼を突き動かす唯一の原動力だった。


 その時、独房の鉄格子の前で足音が止まった。 見張りの兵士ではない。その歩法はあまりに軽く、迷いがない。


「相変わらず、暑苦しい男だな」


 聞き覚えのある、涼やかな声。 現れたのは、第一王子の側近であり、イレネスを辺境で追い詰めたはずの女、ロザリアだった。 彼女は細い短剣を弄びながら、冷ややかな瞳でダニエルを見下ろした。


「……何をしに来た。嘲笑いに来たのなら、他を当たれ」


「まさか。私はただ、効率の悪い仕事が嫌いなだけよ。ラインハルト様は、あの娘を器として完成させるために、あなたの命を奪おうとしている」


 ロザリアの言葉に、ダニエルの瞳に鋭い光が宿った。


「どういう意味だ」


「聖女は、世俗の愛着を捨てた時に最も強く輝く。あなたという執着を断ち切らせることで、彼女を完璧な人形に仕立て上げるつもりなのよ。でも、それでは面白くないわ」


 ロザリアは、鉄格子の鍵穴に細い針を差し込み、手際よく回した。 カチリという小さな音と共に、重い扉がゆっくりと開く。


「……なぜ私を助ける。お前も王子の側だろう」


「私は、王子の犬になるつもりはないわ。あの案内役——あの不気味な『影』が、この国の実権を握るのも我慢ならない。混乱を望むなら、狂犬を解き放つのが一番よ」


 彼女はダニエルの手枷の鍵を放り投げた。


「明日の朝、大聖堂で戴冠の儀が始まる。それが最後のチャンスよ。彼女が完全に『白羽』に呑み込まれる前に、奪い去りなさい。失敗すれば、あなたも彼女も、そしてこの国も終わるわ」


 ダニエルは手枷を外し、痺れた手首を回した。 身体の奥底で、静かな怒りが炎となって燃え上がる。


「言われるまでもない」


 彼は、落ちていた自分の剣を奪い取ると、ロザリアを見ることなく暗い通路を駆け出した。 背後で、ロザリアの低く笑う声が聞こえた。 それが罠であろうと、地獄への誘いであろうと構わなかった。


 夜明けが近づいている。 王都を包む霧が、血の予感に震えていた。

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