魔力測定
洗礼が終わった翌日。
宮殿に近い神殿学院の大講堂に、聖女候補たちがずらりと集められた。
天井には巨大なモザイク画、祭壇には青白い魔石。
壮麗で荘厳――だというのに、私の胸は重かった。
(今日からは、聖女候補として正式に訓練……)
洗礼という最初の関門は突破した。
でも、それだけでは何も変わらない。
聖女に選ばれるのは、今回も貴族たち。
平民の私がいること自体、嘲笑の種でしかない。
そして――その実感はすぐに訪れた。
「まあ、ずいぶん図々しい子が混じっているわね」
背後から聞こえた、その声。
振り返らずとも分かる。
金の巻き髪、深い紅の瞳、宝石のような装飾を飾りつけた制服。
ロザリア。
王国でも指折りの名門、ロザリア・グランストール。
今回の聖女最有力候補であり――私を嫌う理由を十分に持つ少女。
周囲の令嬢たちが息を呑む。
ロザリアは一歩踏み出し、私の目の前に立った。
「洗礼を受けられたからって調子に乗らないことね。魔力を授かったから何だと言いたいわけ」
壇上の神官たちは見て見ぬふり。
誰も助ける気などない。
私はできる限り、普通の声で返す。
「……調子には、乗っていません」
「言い訳ね。魔力を持ったのは事実……でも、それが聖女にふさわしい力だと誰が証明するのかしら」
周囲の令嬢たちがくすくすと笑う。
「そうよ。洗礼の光は誰にでも当たるわけじゃないのに」
「でも魔力量は測定しないと。あの子なんて微量じゃないの?」
「無理よね。平民に魔法が扱えるわけないもの」
軽口――というより、刃物のように鋭い声。
(平民は魔法を扱えない……それが王国の常識)
でも――私は光を宿した。
それは神官たちの目にも明らかだった。
ロザリアは細い笑みを浮かべ、言葉を続ける。
「ちょうど良かったわ。今日の訓練は“魔力測定”。数値が出るなら話が変わるでしょうけど……平民の分際で私たちと同じ土俵に立つことの無意味、すぐ思い知るはず」
挑発でも、怒りでもなかった。
ロザリアにとっては――当然。
それが余計に胸に刺さる。
神官が壇に立ち、号令をかけた。
「――静粛に。本日の訓練内容を告げる。全候補者、魔力測定を行う」
ぞろりと人の列ができる。
順番は名簿順、私は最後の方。
目の前に並ぶロザリアがふと振り向く。
「気を落とさないことね。数値がゼロでも泣かないように」
「泣きません」
自分でも意外なほど、声は静かだった。
魔力測定の装置は、神殿の祭具を簡略化したもの。
透明な水晶の柱に手を置くと、魔力に応じて光の色が濃くなるという。
「ロザリア・グランストール様、計測」
ロザリアが水晶に手を置いた瞬間――
水晶が鮮やかな紅に染まり、講堂にざわめきが広がった。
「さすがだわ! 過去最高クラスじゃない?」
「正真正銘、聖女級の魔力量ね」
ロザリアは、誇示するでもなく、当然と言わんばかりに席へ戻る。
次々と貴族令嬢たちが測り、光を放つ。
色に濃淡はあるが、皆魔力を持つ。
列は進み――やがて私の番が来た。
「……イレネス、測定」
何人かが息を潜めるのを感じた。
期待ではなく、嘲りの準備。
(平民だから……)
私が魔法を扱えるわけがない。
そう思っている顔ばかり。
水晶に触れる。
ひんやりとした水晶の感触。
息が詰まる。
次の瞬間――
水晶が淡い金色に光った。
「――っ!」
講堂が揺れたわけでも、衝撃が走ったわけでもない。
それでも周囲は一斉にざわめいた。
「光った……」
「平民なのに……?」
「でも色が薄いわ。魔力量は低いんじゃない?」
ロザリアが鋭い視線を投げてくる。
「まさかとは思ったけど……本当に魔力を持っていたなんて」
けれど、その声には驚きより――不快の色が濃かった。
私は席へ戻る途中、祭壇側の一角が静かにざわついていることに気づいた。
神官や司祭たちが、ひそひそと話し合っている。
(……何か、気づかれた?)
だけど今はわからない。
ロザリアは笑う。
「たとえ魔力があっても、私たちと競えるとは限らないわ。平民なんて、魔法の基礎すら知らないはずでしょう」
言い返せない事実だった。
スラムでは魔法なんて学べるはずがない。
だが、反論はせず、ただ目をそらさず返す。
「分かっています。でも……」
私は声を抑えず言った。
「私には、守りたい場所がありますから」
ロザリアの瞳が一瞬、細く揺れた。
「……そんなもの、聖女に必要なものじゃないわ」
そう言い残し、彼女は視線を外す。
講義が終わり、神殿から寮への帰路。
講堂に戻った人々のざわめきが、まだ耳に残っている。
(平民なのに魔力を持っていた――)
それは、王都では“異常事態”に等しい。
師範役の神官が軽く声をかけてきた。
「イレネス。後ほど上層部が話をしたいそうだ。今日の測定について、詳しく知りたいとのことだ」
「……分かりました」
嫌な汗がにじむ。
不用意に目立てば更にひどい仕打ちが待っているかもしれない、でも、もう避けられない。
(魔力を持った。それは、逃げられないということ)
そして、遠く離れた講堂の奥から、誰かの視線だけがずっと――私の背中に突き刺さっていた。




