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祠を出たあとで

祠の外に出たとき夜明け前の空気が肌に刺さった。冷たいはずなのに不思議と息はしやすかった。あれほど濃かった瘴気は薄れ魔物の気配も遠ざかっている。完全ではないが祠はひとまず役目を果たしたのだと誰の目にも分かった。


イレネスは足を止め、数歩先を行くダニエルの背中が月明かりを受けて浮かび上がっている。その背に追いつこうとして膝がわずかに揺れた。


「無理に歩くな」


振り返った彼が低く言うが叱る調子ではない、支える準備をした声だった。


「平気。少しふらっとしただけ」


そう答えながらも胸の奥は空洞のように軽かった。魔力を流しすぎた後の感覚だ。治した分だけ自分が削れている。それでも後悔はなかった。祠の奥で聞いた声が静かになった。それだけで十分だった。


村の灯が見えてきた。夜番の兵がこちらに気づき慌てて駆け寄ってくる。驚きと安堵が入り混じった顔。誰もが祠から二人が戻ってくるとは思っていなかったのだろう。


「大丈夫です。結界は……今は落ち着いています」


イレネスの言葉に兵たちの表情が緩んだ。詳細を聞こうとする者もいたがダニエルが短く制した。


「今は休ませろ。報告は後でいい」


その声音に逆らう者はいない。彼はそれだけの空気を纏っていた。イレネスは少しだけ微笑んだ。祠の中で見た剣を振るう姿と今の姿が重なる。守るという一点で揺るがない人だ。


宿舎に通されたあとイレネスは簡単な手当てをした。ダニエルの肩。完全に塞いだわけではない。それでも動かせる程度には整えた。彼は文句も言わずじっとしていた。


「さっきの治癒。祠ごとやったな」


「うん。放っておけなかった」


「……そうだろうな」


それだけで会話は終わった。彼は理解していた。イレネスが選んだのではない。見えてしまったから動いたのだと。


窓の外で鳥が鳴いた。夜が明ける。村は救われた。そう言っていいはずだった。


だが胸の奥に残る違和感は消えない。祠に入り込んだ乾いた悪意。言葉だけで刃になる声。あれは魔物ではない。もっと近くもっと現実的なものだった。


殿下という言葉が脳裏をよぎる。否定したい気持ちは強い。それでも聖女候補として動かされてきたこれまでを思えば完全には振り払えなかった。


「イレネス」


名を呼ばれて顔を上げる。


「今日はもう休め。考えるのはそれからだ」


「……うん」


従いながらも彼女は思う。休んだところで終わらない。祠で感じたものはこれからも続く。自分の力は治すだけ。壊すことも裁くこともできない。けれど治すことしかできないからこそ関わってしまう。


救ってしまった以上知らなかったふりはできない。


窓の外で朝日が差し始めた。淡い光が部屋を満たす。その光は祠のそれとは違う。それでもイレネスの胸は静かに熱を帯びていた。


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