表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/51

手の中にあるものは

 白い閃光が祠を満たしたはずなのに、視界はすぐには閉ざされなかった。

 イレネスは倒れていない。膝もついていなかった。ただ世界が一拍だけ遅れて動き出したような感覚の中で、自分の前に広がる光の層を見つめていた。


 短剣から放たれた魔術は、確かに彼女へ向かっていた。

 だが直撃する寸前、その軌道が歪んだ。


 祠の中心。

 祭壇の奥。

 閉じかけていたひびの内側から、淡い光が滲み出していた。


 ――いかせない。


 はっきりとした言葉だった。

 少女の声ではない。だが、あの悲鳴と同じ気配を帯びている。

 封印の奥に囚われた存在が、初めて意思として干渉した瞬間だった。


 光は壁のように広がり、貴婦人の魔術を受け止めた。衝突音は鈍く、鋭さを失ったまま床へと散る。祠の空気が揺れ、石柱のひびが一斉に軋んだ。


「……あら」


 貴婦人の声に初めて小さなずれが混じる。

 完全な余裕ではなくなった声だった。


「封印の側が反応するなんて……面倒ですわね」


 イレネスは息を吸った。

 足元はまだ確かだ。視界も定まっている。

 自分が守られたのだと理解するまでに、ほんの一呼吸分の時間が必要だった。


「……ありがとう」


 誰に向けた言葉かは分からない。

 それでも祭壇の光がわずかに強まり、答えの代わりのように脈を打った。


「感謝している場合ではありませんわ」


 貴婦人は短剣を持ち直す。先ほどより慎重な動きだった。

 彼女の視線はイレネスではなく、祠そのものへ向けられている。


「封印がこれ以上自我を持つ前に、決着をつける必要がありそうですわ」


 そのとき外から轟音が走った。

 獣の咆哮。剣と骨がぶつかる衝撃音。

 ダニエルが祠の入口で踏みとどまっている証だった。


「ダニエル……」


 名を呼びかけそうになり、イレネスは唇を噛む。

 今ここで視線を逸らせない。

 背中にいるこの女は、迷いを待っている。


「安心なさい。彼もすぐに静かになりますわ」


 貴婦人の声は再び滑らかさを取り戻そうとしていた。

 だが、その余裕は完全ではない。


「王家に仇なす芽は、摘めるうちに摘む。それが務めですの」


「それが……あなたの正義?」


 イレネスの問いに、貴婦人は一瞬だけ黙った。

 祠の冷気が二人の間を満たす。


「正義かどうかなど、歴史が決めることですわ。生き残った者が語る。それだけ」


 短剣が再び淡く光り始めた。

 同時に、祭壇の光も応えるように脈を速める。


 ――こわい。でも……まけたくない。


 胸の奥で声が重なる。

 封印の奥にいる存在と、イレネス自身の想いが、同じ方向を向き始めていた。


 祠は限界だった。

 どちらかが折れなければ、すべてが崩れる。


 そして今この瞬間、選択の重みはイレネスの手の中にあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ