表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/34

洗礼の儀式

 白い大理石が敷き詰められた王宮大聖堂は、静謐な空気に満ちていた。煌びやかなステンドグラスに射し込む陽光が、床に七色の光を落としている。その中央に設置された儀式台に、私は立っていた。


 王国の歴史ある白羽の儀式――その中でも、「洗礼の儀」は選ばれた候補者の魔力を測定し、方向性や適性を神官と王家に正式に開示する最も重要な段階。

 魔力を持つ者は貴族階級では当たり前だが、平民にとっては稀有。そのせいで、私は今、貴族たちから好奇と困惑と、露骨な侮蔑を混ぜた視線を浴びていた。


 ざわざわと低い声が周囲から漏れる。


「平民が洗礼に出てくるなんて前代未聞だ」

「いや、矢が落ちたのなら規定上は拒めない」

「まさか魔力ゼロなんていう落ちでは」


 私は息を整え、神官長の前へ進み、胸に手を当て黙礼する。


「始める。力を抜きなさい、イレネス」


 神官長は大杖を軽く掲げ、魔法陣が淡く輝く。床いっぱいに展開された紋様から光が立ち上り、その中心に私は立つ。足元が温かくなり、同時に身体の奥から細い糸を引かれる感覚が芽生えた。


(……これ、魔力?)


 初めて感じる不可思議な熱。苦痛はないが、背骨の奥にまとわりつくような重厚さがあった。


「魔力、計測開始」


 神官の声が響く。

 すると――


 バシュッ


 魔法陣の外側に置かれた測定結晶の一つが軽く震え、淡い光を放つ。


(……光った? まさか、私に本当に魔力が?)


 さらに第二、第三の結晶が淡く点灯する。


 ざわ、という波紋のような声が広がる。


「嘘だろ、平民に魔力発現なんて」

「しかも三段階結晶が光ったぞ、最低でも初級魔導士ほどの保有じゃないか」


 私の心臓が一つ跳ねる。

 別に自慢する気はない。

 ただ、希望が生まれた気がした。


(……私にも、できることがある?)


 しかし。


 空気が急に冷えた。貴族側の席から、きれいな靴音が響く。


 ロザリア・フォン・グランツ。

 聖女候補の筆頭、黒髪に紅い瞳を持つ絶世の令嬢。

 昨年から貴族社会で魔法適性トップの記録を持ち、内定済みと噂されるほどの人物だ。


「測定、打ち切りを提案しますわ」


 張りつめた声が響く。

 視線が一斉に彼女へ向かう。


「理由は」


 神官長が問い返す。


「平民が魔力を持つなど、聞いたことがありませんわ。測定機器の誤作動か、誰かが不正を働いたと疑うのが妥当ですわ」


 その場にいた貴族の何人かが頷く。


 私は唇を噛んだ。

 やっぱり、こうなる。


 ロザリアはこちらへ目を向ける。

 氷のような瞳。


「潔白である証を示すのが先ですわ。魔力が本当に存在するというなら、ここで証明なさい。……平民風情が王宮の魔力結界に触れて、無傷で立てるかどうか」


 周囲がざわつく。

 王宮結界は強力な魔障壁。

 魔力操作の心得がない者が生身で触れれば、身体に麻痺や負荷が出ることもある。


(……やれって言うの?)


 逃げたい気持ちが生まれた。

 でも――ここで後ずされば、スラムも私も終わる。


 私は歩み出ようとした。

 その瞬間。


「待ちなさい」


 神官長が低い声で制した。


「ロザリア。結界への直接接触を強制するのは、神職規定違反だ」


 ロザリアは眉一つ動かさない。


「ですが、不正を認めたまま進む方が国家にとって不敬ではなくて? 魔力を有する者は、高潔であることも求められますのよ」


 ……言葉が刺さる。

 貴族に生まれていなければ“高潔”はあり得ないと、そう言っている。


(そんなの……知らない)


 私は拳を握る。


 すると神官長が、私に視線を向けた。


「イレネス、問う。結界に触れる覚悟はあるか」


 私は息を吸う。

 覚悟なんて……そんな言葉では言い表せない、やらなければならない。やらないという選択肢は私には与えられていたない。

「……はい」


「ならば、結界出力を最低値に落とし接触試験を行う。致死性にはしない。ロザリア、異論は」


「ありませんわ」


 儀式堂の空気が張りつめた。

 誰もが結界が光る壁の前へ注目する。


 私は足を踏み出し、結界の前に立った。


 透明な膜のような光。

 触れたらどうなるのか――想像もつかない。


(でも、やる。ここで退けない)


 私は手を伸ばす。


 指先が光に触れた瞬間――


 びりっ


 身体に電撃のような衝撃が走った。

 体が跳ねる。


(痛……っ!)


 思わず膝をつきそうになる。

 視界が揺れる。

 でも手は離さない。


(離したら……終わり……)


 くぐもった声が耳に届いた。


「馬鹿な……!結界が彼女の魔力を読み取っている……?」

「適合率、70%超えだと……?」


 結界の光が脈打ち、痛みがゆっくりと和らいでいく。


 私はゆっくり顔を上げた。


(……負けない)


 結界が光を弱め、そのまま消えた。


「適合試験、完了」


 神官長が宣言する。


「イレネスは確かに魔力を持つ。測定機器は正常。以上だ」


 周囲が揺れた。

 ロザリアの目が細くなる。


「そう……なら、次はここからが本戦ですわ」


 高慢ではあるが、揺れる声ではなかった。

 その点、腹は据わっている。


 神官長が手を打った。


「洗礼の儀は本日ここまで。詳細判定と神託は後日通達する――イレネス、ロザリア、全候補者は控室へ」


 そう告げると、式場に緊張が残ったまま人々が動き始める。


 私はふらつく膝をどうにか立て直す。


(痛い……けど、倒れない)


 誰にも負けないために。

 スラムを守るために。

 自分の人生を取り戻すために。


 まだ魔力の本質すら掴めていない。

 けれど――


(私は、ここに立てた)


 小さく息を吐き、私は歩き出した。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ