揺らぐ火灯りの誓い
森の手前で暗殺者を退けた後、一行は小川沿いの開けた場所まで移動し、いったん休息を取ることにした。
茂みの奥で風がわずかに揺れているだけで、世界そのものが静まり返ったような感覚になる。
イレネスは焚き火のそばに座り、手をかざして温めながら、ぼんやりと火の揺れを見つめていた。
(さっきの……あれは、殺意だった)
目を閉じれば、短剣の刃が光るあの瞬間が蘇る。
背中が冷たくなり、思わず肩をすくめた。
そんな彼女の横に、そっと影が差す。
「……ここ、座っても?」
いつもより静かな声。
振り向くと、ダニエル――ではなく、側付きの騎士のひとり、ロディックが立っていた。
「うん、大丈夫だよ。怪我、ひどくない?」
「大したことではありませんよ。それより……あなたの方が心配です」
ロディックは気遣うように目線を落とし、膝を折った。
「イレネス様は震えておられる。無理もありませんが……本当に大丈夫ですか?」
「うん……だいじょうぶ。ちょっと驚いただけ」
本当は心臓がまだばくばくしている。
でも、弱音ばかりではいけないという思いが胸にある。
そのとき、少し離れた木のそばから、鋭い視線が向けられた。
見ると、ダニエルが背を木に預けつつ、傷の手当てをしているところだった。
けれど、こちらを向くその目は……淡く尖っている。
(……怒ってる? 心配してる……?)
何を考えているのかわからないけれど、ただ、彼の視線が私に向いていることだけは確かだった。
ロディックが立ち上がろうとしたそのとき、ダニエルが低い声で呼びかけた。
「ロディック。少し位置を変えろ。そっちは冷える」
「は、はい! 失礼しました」
ロディックが慌てて距離を取ると、入れ替わるようにダニエルが焚き火の前に座った。
彼は自分の外套を外し、無言でイレネスの肩にかける。
「……寒いでしょう」
「ありがとう。でも、あなたこそ怪我してるのに……」
「平気です。それより……」
彼は息を整え、言葉を選ぶように視線を落とした。
「本当に、怖かったでしょう」
その声音が優しすぎて、胸がぎゅっと締めつけられた。
強がりが全部ほどけてしまうような、柔らかくて温かい響き。
「……すごく、こわかった。まだ心臓、どきどきしてる」
イレネスが正直にそう洩らすと、ダニエルはそっと彼女の手を取った。
大きな手のぬくもりが、冷えた指を包み込む。
「もう大丈夫です。俺がいます」
(そんな言い方……されたら)
頬が熱くなる。
火の温度なんて関係なく、自分の体温だけが急に上がっている。
「守るために剣を握ってるなんて……あんなふうに言わないでよ。ずるいよ」
囁くように言うと、ダニエルはきょとんと目を開いた。
「ずるい?」
「そうだよ。心が……変になっちゃう」
火の音がぱち、と弾ける。
ダニエルの喉が小さく鳴り、彼はうつむいた。
そして、微かに笑った。
「……あなたの心が変になるなら、俺の心はどうすればいいんでしょうね」
「えっ……?」
「ずっと、落ち着かないままなんですよ。あなたが危険にさらされるたびに」
その視線がまっすぐ向けられる。
焚き火の灯りが揺れて、彼の瞳が赤みを帯びた炎色を映す。
心臓が跳ねた。
「ダニエル……」
名前を呼ぶだけで、何かが溶けるようにふわりと胸が温かくなっていく。
しかしその瞬間――。
焚き火の向こう、木々の隙間で、ぱきり、と小枝の折れる音がした。
二人の背筋が同時に伸びる。
ロディックが剣に手を添え、周囲を見回す。
「なにか……?」
「気のせいかもしれないが、念のため警戒を」
ダニエルはイレネスの手を放し、立ち上がった。
月明かりが薄く差し込み、木々が影をさらに濃くしていく。
(……誰か、見ている?)
小さなざわめきが、森の奥に吸い込まれていった。




