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二人の思惑

 第一王子の場合


 執務室の窓から見える王都の塔は、夕日に照らされて赤く染まっている。

 アレクシスは視線をそらし、机に広げられた文書を改めて見下ろした。


 王宮付近で最近増えている“魔力の揺らぎ”。

 それは聖女候補たちの力が覚醒し始めている証拠でもあった。


 だが――その中でもイレネスの揺らぎは特異だ。


(抑制の効かない聖力は危険だが……本物である証拠でもある)


 そして、何より。


(弟の周りをうろつくには、あまりに純粋すぎる)


 アレクシスは軽くため息を吐いた。


「殿下、追加の報告をお持ちしました」


 侍従が控えめに差し出したのは、宮廷学舎の教師による記録だった。


『イレネスは周囲の貴族令嬢と馴染めず、いくつかの場で陰口の被害に遭っている様子――』


 アレクシスの眉が静かに動く。


(なるほど。あの環境で普通に過ごせるほど図太くはないか……)


 弱い。脆い。

 だが――壊れやすいものほど価値がある。

 扱いさえ誤らなければ、こちらの思惑通りに動く。


「……彼女の人間関係の整理を。困る噂は消しておけ」


「かしこまりました」


 侍従が下がろうとしたところで、アレクシスは声をかける。


「それと――ロザリア・フォン・バーレン嬢の動向も目を光らせておけ」


 侍従の足が止まる。


「ロザリア様は……殿下の正式な婚約候補でいらっしゃいますが?」


「それがどうした。あの女は“聖女”を敵視する傾向がある。

 イレネスに手を出す可能性を否定できん」


 アレクシスは冷ややかに続ける。


「万が一、あの子を傷つけるような動きがあれば――容赦はしない」


 侍従の背筋が震えた。

 第一王子は優雅な微笑みを浮かべたままだが、瞳の奥に宿った光は冷たすぎた。


(ロザリア……。君のような野心家に、イレネスは扱えない)


 自分の将棋盤に置きたい駒を、誰よりも先に掌握する。

 そのためなら、どんな盤面調整も厭わない。


 彼は静かに指先で机を叩く。


「弟にも……少し牽制したほうがいいかもしれないな」


 そこに愛情はない。

 ただ、王として当然の“序列”を示すだけだ。


 ――――


 ◆ロザリアの場合


 豪奢なバーレン侯爵家の応接室に、三人の若い令嬢が集められていた。

 ロザリアの“取り巻き”とも言える少女たちだ。


「お集まりいただいてありがとう。少し相談したいことがあって」


 ロザリアは完璧な微笑みを浮かべる。

 その笑顔は“敵を引き込む魔性”だった。


「イレネス嬢のことでしょう?」

「最近ちょっと、目立ちすぎよね……」


 少女たちは自然と口角を歪めた。


 ロザリアは優雅に紅茶を口に運ぶ。

 表情は穏やかだが、声だけが鋭い影を帯びる。


「そう。あの子には……少し“現実”を知ってもらう必要があるのよ」


 取り巻きの一人が目を輝かせる。


「殿下の評判が落ちないよう、お力になるわ!」


「それはもちろん大事。けれど今回は――“私の立場”を守るためでもあるの」


 ロザリアの声に、三人の表情が変わった。

 彼女の不興を買うことは貴族社会では“死”に等しい。


「イレネス嬢は、あまりにも身の程知らず。

 第二王子と仲良くしているのも、目に余るわ」


「……本当に、身の程知らずですね」


「ええ。だから――彼女の周囲で、“正しい立場”を理解させてあげましょう」


 ロザリアは指先で紅茶のカップの縁をなぞる。


「たとえば……」


 ・イレネスが第二王子を誘惑しているかのような噂を“自然に”流す

 ・彼女の“出身の低さ”を強調するさりげない会話

 ・学舎内で彼女を孤立させるため、取り巻きの男子にも協力させる

 ・失敗しても、全ては“善意での忠告”として処理できるよう布石を打つ


 具体的な作戦が次々と並ぶ。


 取り巻きたちは心底楽しげに頷いた。


「やりましょう、ロザリア様のために」


「ふふ……助かるわ」


 ロザリアは満足げに立ち上がった。

 完璧な貴族令嬢の微笑みを浮かべたまま――心の中では毒が滴り落ちている。


(イレネス。あなたがどれほど可愛い声で泣いても……

 私の邪魔をした時点で、もう終わりよ)


 彼女は手鏡を開き、自分の顔をうっとり見つめた。


「殿下の隣に立つのは、この私だけ。

 あなたの居場所なんて、最初からないのよ」

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