初めてのデート
医務室での騒動から数日が経った。
ダニエルは見違えるほど回復し、訓練にも復帰したと聞いた。安心した反面、彼のことを考える時間が増えた気がする。あのときの優しいまなざしや、ロザリアの前で毅然と私をかばった姿が胸に何度も蘇り、心を落ち着けるのに苦労した。
そんなある日の昼下がり、私は聖務を終えて廊下を歩いていると、前方の角から長身の影が現れた。
銀髪の青年――ダニエルだ。
こちらを見つけた彼は、いつものクールな表情をわずかに緩めて近づいてくる。
「ちょうど探していたところでした。あなたに、お礼をしたくて」
「お礼……?」
「はい。医務室に来てくださったこと、差し入れをくださったこと、それに――私の心を守ってくださったことも」
真正面からそんなふうに言われると、胸がくすぐったくなる。
落ち着かせるために軽く咳払いをして問い返した。
「それで、どんなお礼を? あまり大袈裟じゃないものがいいんだけど」
「大袈裟ではありません。あなたと一緒に過ごしたいだけです。……よければ、街へ行きませんか?」
それはつまり、デート――だ。
何度も言葉にしようとしたが、心臓が忙しく動いて声がまとまらなかった。
「えっと……それは、その……」
「駄目ですか?」
寂しげに伏せられた青い瞳に、きちんと答えなければと思う。
「駄目じゃないです。行きます。一緒に、街に」
その瞬間、ダニエルの表情が静かに華やいだ。
こんな顔を見るのは初めてで、胸が一層熱くなる。
◆ ◆ ◆
王都の市街地は大祭の準備期間ということもあり、どこか浮き立った空気に包まれていた。店先には花飾りが吊るされ、露店では新作の菓子や工芸品が並ぶ。
ダニエルと並んで歩くだけで、不思議とすべてが新鮮に見えた。
「歩き疲れていませんか?」
「平気です。あなたこそ、まだ完全に治ってないんじゃ……」
「心配性ですね。もう訓練も再開していますし、こうして歩くくらいどうということはありません」
そう言いながら、ほんの少しだけ歩幅を私に合わせてくれているのが分かる。
その細やかな気遣いに、頬がゆるむ。
通りを曲がったところで、香ばしい甘い匂いが漂ってきた。
ふと見れば、焼きリンゴを売る露店が行列を作っている。
「美味しそう……」
「食べますか?」
「うん!」
ダニエルが並んで二つ注文すると、露店の少年が目を丸くした。
「相手の女の子、綺麗な人だね。お兄さん、いいデートしてるじゃん!」
いきなりの言葉に私は顔が熱くなる。
しかしダニエルは動じず、むしろ柔らかく笑った。
「ええ。とても、いい時間を過ごしています」
その声の優しさに、胸の奥がきゅっとなる。
焼きリンゴを受け取りながら、私は横目で彼を見つめた。
「今の……わざと言ったでしょ?」
「事実ですから」
「もうっ……!」
抗議したつもりが、声は弾んでしまう。
ダニエルは嬉しそうに目を細め、私が一口かじるのを待っていた。
「おいしいですか?」
「うん。甘くて、温かくて……なんだか落ち着く味」
「それは良かった」
穏やかに笑う彼を見て、胸の奥がまたあたたかくなる。
その後も、私たちは雑貨屋を覗いたり、広場の噴水で休んだりして、ゆっくりと流れる時間を楽しんだ。
◆ ◆ ◆
夕焼けが街を赤く染める頃、ダニエルは人通りの少ない川沿いの道へと私を連れていった。
水面には橙色の光が揺れ、風が優しく髪を揺らす。
「少し、話がしたいんです」
立ち止まった彼は、真剣な眼差しを私に向けた。
「あなたには、感謝してもしきれません。私が倒れた時、あなたがそばに来てくれたこと……救われました」
「そんな、大げさだよ。私はただ――」
「あなたが来てくれたから、私は戻ってこられたんです」
まっすぐな言葉が胸に落ち、心臓が跳ねる。
「だから、お礼をしたかった。こうして一緒に歩いて、あなたの笑顔を見て……その時間が欲しかった」
「ダニエル……」
「あなたが困っている時は、今度は私が守ります。誰かに傷つけられるようなことがあれば、全部、私が遮ります」
近づいてきた彼の手が、そっと私の手の上に触れた。
温かい。
けれどそれ以上に、心がふるえる。
「今日は、楽しかったです。あなたのおかげで、どんな治癒魔法よりも心が軽くなりました」
「私も……あなたと過ごせて、すごく楽しかったよ」
繋がれた手を握り返すと、ダニエルは静かに表情を緩めた。
夕日に照らされるその横顔は、どこか少年のように見えて愛おしい。
「また、来てくれますか?」
「うん。また来たい。あなたと一緒に」
「……約束ですね」
指を絡めるように軽く握られ、胸の奥が甘く満たされていく。
夕暮れの風が二人の間を通り抜け、世界から音が消えたように静かだった。




