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均衡が崩れる……

 薬草と清浄魔法の香り、そしてどこか冷たく張りつめた空気。

 私は思わず深く息を吸い込んだ。


(落ち着いて……怖がったら負けだ)


 自分に言い聞かせ、奥へと進む。


 壁には魔力波長を測る水晶板、血流に宿る魔素を検出する魔導器、脈動を映し取る魔力振動計など、見たこともない道具がずらりと並ぶ。



「イレネス殿。こちらへ」


 促されるまま、部屋の中央に置かれた半透明の台座に手を置く。

 台座の内部で淡い光がうねり、私の魔力に反応して揺れはじめた。


 その光景を見て、医官の一人が目を細める。


「すでに魔素が活性化している……治癒魔法を発動した後だからか」


 別の医官がすぐに言い返す。


「いや、通常の治癒魔法の残滓とは違う。これは――」


 言葉を濁し、私に視線を向けてくる。

 説明を求められているのだと気づき、私は正直に答えた。


「光が……出たんです。勝手に、というか……私が意識したわけではなくて」


「無意識発動……? やはりおかしい」


「記録に残しておけ。異常値の可能性がある」


 医官たちは小さくざわついた。

 その小さな不安が、胸に針のように刺さる。


(異常……私、そんな危険なものなの?)


 不安を押しつぶすように、深呼吸する。


 検査は続いた。脈動測定器に触れ、血中魔素を検出され、魔力の残滓を細かく記録される。


 そして――最後の診断が始まった。


 部屋の奥にある巨大な水晶に案内される。

 それは王宮でも数台しか存在しない「魔力総量測定器」と呼ばれる特別製だ。


「両手を水晶に添えてください」


 私は緊張で心臓が痛くなりそうなほど硬直しながら、水晶に触れた。


 瞬間――。


 水晶の内部で光がぱちぱちと弾け、部屋の空気が震え始めた。


「っ……!?」


 足元から細かい振動が伝わり、私の髪がふわりと持ち上がる。

 まるで目に見えない風が吹いているかのようだった。


 医官の一人が声を上げる。


「魔力値……上昇している!? 測定水晶の反応が――」


「通常の曲線と違う! 曲線が二重化している……?」


「どういうことだ。二重の魔力波など、研究記録でも数例しか――」


 私は震えた。

 何が起こっているか分からない。

 怖い。だけど、目を離すこともできない。


(水晶の光が……私の魔力を吸い上げてるみたい)


 光は一瞬、二重の輪を描いた。


 その瞬間、私の手が熱を帯び、瞼の裏で白い光が弾け――


 ――測定は、唐突に終わった。


 水晶の光がすうっと収まり、医官たちが慌てて数値板を確認する。


「ま、魔力量……三百六十……?」


「先ほどの二百二から、短時間で……?」


「覚醒現象か? いや、通常の覚醒では起こりえない……治癒系とは思えぬ魔素の跳ね方だ」


 彼らは私を見た。


 その視線に恐怖はなかった。

 ただ、不可解なものを見る厳重な観察者の目だった。


「……私、どうなるんでしょうか」


 思わず漏らすと、医官の一人が柔らかく言った。


「結論を急ぐ必要はありません。だが――君の魔力は、まだ形になりきっていない。今後さらに変動する可能性があります」


「変動……?」


「はい。治癒属性の核が芽生えた直後に見られる現象です。今は“芽吹きの段階”と考えるべきでしょう」


 芽吹き。

 その言葉は、なぜか胸の奥に静かに響いた。


 ただ、その柔らかい響きを覆うように、別の医官が低く付け加えた。


「ただし――あの反応は危険でもある」


「き、危険……?」


「魔力核が未成熟のまま強い感情刺激を受けると、暴走する可能性がある。癒しの力は優しいだけの力ではない。制御を誤れば……生命操作になる」


 ぞくり、と背筋が冷えた。


(生命……操作?)


 そんなの、怖すぎる。


 医官は慌てて言葉を和らげた。


「心配しすぎる必要はありません。今日のうちに制御法を教えます。焦らず覚えてください」


 私は小さく頷いた。

 怖い。

 けれど、逃げることはできない。



 検査が終わり、深いため息をついた瞬間。


「イレネス殿、殿下がお待ちです」


 扉の外で兵士が声をかけてきた。


(殿下……)


 殿下は、診断が終わるまでずっと待っていてくれたのだ。


 胸が温かくなる。


 だが、その温かさを撫でつけるように――

 廊下の奥から冷ややかな高い声が響いた。


「まあ。こんなところにいたのね、イレネスさん?」


 振り返ると、そこにはロザリアが立っていた。


 完璧に整えられた金の縦ロール。

 焦げひとつない純白のドレス。

 その姿はまるで“絵に描いたような貴族令嬢”そのもの。


 だが、瞳だけは――氷のように冷たかった。


「あなた、あの殿下を助けたって、ずいぶんと話題になっているわ」


「ロ、ロザリア様……」


「でも――」


 ロザリアは扇子を口元に添えて、微笑んだ。

 その微笑みは、刃より鋭い。


「勘違いなさらないで。あなたが少し“奇跡めいたもの”を見せたからといって、聖女候補の本命が変わるわけではありませんのよ?」


 その声は、

 私をつぶしにかかる宣告のように響いた。


 けれど――私は、もう怯えてはいなかった。

 今日の検査で、自分の中の“何か”が確かに変わったことを感じている。


「……分かっています。でも、私は……逃げません」


「まあ?」


 ロザリアの眉がわずかに動いた。


 言うつもりはなかった。

 でも、口が勝手に動いた。


「私がここに立つと決めたのは……ロザリア様ではなく、私自身です」


 廊下が静まりかえった。


 ロザリアは一瞬だけ目を見開き――

 次の瞬間、扇子で軽く唇を押さえながら笑った。


「ふふ……面白いことを言うのね。

 でも――覚えておきなさい?」


 ロザリアの瞳が細くなる。


「あなたが立った場所は、私の隣ではなく“私の前”。

 その意味を――理解しているのかしら?」


 背中を冷たい風が撫でた。


 理解している。

 彼女は私を敵と認めたということ。



 兵士に促され、私は歩き出した。


 心臓は高鳴っていた。

 怖い。

 でも――逃げない。


(私の力がどう変わるのか……怖いけど、知りたい。

 そして……殿下にも、ちゃんと伝えたい)


 その思いを胸に、私は廊下を進む。


 ――この先で、ダニエル殿下が待っている。

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