第7話『影の中のもう一人』
廃城を出てから、どれほどの時が経ったのか。
空は常に灰色で、太陽の輪郭さえも曖昧だった。
ミラとリードは、崩れかけた街道を歩いていた。
風は冷たく、どこからともなく人の声のような囁きが漂ってくる。
「……誰か、いる」
ミラが立ち止まる。
左目が微かに光り、視界の端に“もう一つの影”が映り込んだ。
それは、リードの後ろにぴたりと重なるように現れている。
――黒い靄のような、人の形をした“影”。
「リード、あなたの後ろに……!」
言い終わる前に、影が動いた。
その輪郭が、リード自身の姿へと変わっていく。
同じ声、同じ顔。
だが、その瞳は深紅に染まり、口元には冷たい笑みが浮かんでいた。
「ようやく出られたな、俺」
「……やはり、来たか」
リードの表情が険しくなる。
ミラが後ずさると、リードが低く告げた。
「それは、“もう一人の俺”だ。
あの日――罪と共に封じた、俺の“影”」
影のリードは笑う。
「罪? 違う。お前が捨てたのは“生きる意志”だ。
俺はそれを取り戻すために、ここに来た」
周囲の空気が歪み、瓦礫の中から黒い靄が吹き出す。
空が沈み、世界が影に包まれていく。
ミラの左目が再び光り、過去の映像が流れ込んだ。
そこには、人間の姿だったリードが――同じ影に取り憑かれる瞬間が映っていた。
「……あなたは、ずっと……自分と戦っていたのね」
リードは頷かず、剣を抜いた。
その刃は、影の中でもかすかに光を放っていた。
「ミラ。ここから先は、見届けるだけでいい。
俺は“影”を、終わらせる」
影が笑う。
「終わらせる? 違うさ。お前も俺も、同じ罪から生まれた。
赦しなんて、この世界にはない――」
雷鳴のような轟きが響き、二人のリードがぶつかり合った。
刃と刃が火花を散らし、過去と現在が交錯する。
その光景の中で、ミラの瞳が見たのは――
“影の奥に立つ、もう一人の少女の姿”。
その少女は、確かにミラと同じ顔をしていた。




